夫婦で同じ高齢者施設へ入所するため、長年暮らした自宅を売却した阿部さんご夫妻。家財を運び出し、近隣へのあいさつも済ませ、あとは決済を待つだけでした。ところが決済予定日の5日前、買主の大手不動産会社から突然、「必要な書類を取得できていない」と知らされます。夫妻に示されたのは、白紙解約という非情な通告でした。今回は、終活支援専門の行政書士である伊藤昌陸氏が「不動産トラブルを未然に防ぐために行政書士ができる支援」について解説します。また、プライバシーに配慮して、登場人物の情報に一部変更を加えています。
「施設の入居費用と住宅ローン、まさかの二重払いに…」自宅売却の5日前、70代夫婦が突きつけられた〈大手不動産会社からの非常識な通告〉【専門行政書士が解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

「このまま家が売れなかったらどうしよう…」

後日、買主側から夫妻へ示されたのは、「契約を白紙に戻すか、売買価格を減額して取引を続けるか」という提案でした。

 

担当者の説明を聞いたあと、幸代さんはしばらく何も言えませんでした。

 

「私たちは、もうあの家には戻れません。このまま家が売れなかったら、どうしたらいいのでしょうか」

 

施設の費用はすでに発生し、火災保険も解約してしまっています。自宅が売れなければ、住宅ローンや固定資産税も負担し続けなければなりません。

 

施設での暮らしは始まっているのに、老後の資金計画だけが宙に浮いていました。

 

夜になると、幸代さんは「売却代金は本当に入るの」「私たちは、ここで暮らし続けられるの」と夫に繰り返し尋ねます。長年暮らした家を離れたときとは別の涙が流れていました。

 

不動産会社にとっては数ある取引の一つかもしれません。しかし、売主にとって自宅の売却は、その後の人生を左右する大きな決断です。特に、高齢者施設への入所を伴う売却では、決済日は単なる代金の支払日ではありません。住み慣れた家を離れ、新しい生活へ踏み出す日でもあるのです。

今回のトラブルを防ぐために行政書士ができたこと

今回、行政書士として相談を受けたのは、自宅売却に伴う遺言書の書き換えでした。最終的に売却が完了したあと、阿部さんご夫妻は施設費用や生活費として必要な現金を確保し、売却代金の一部を一時払いの生命保険に充てる予定だったそうです。

 

しかし、遺言書を作成し公正証書にしようとした矢先に「公正証書にするのは少し待ってほしい」と連絡があり、事の顛末を教えてもらいました。

 

その後、阿部さんご夫妻は契約を解除し、3か月かけて新しい買主を見つけました。大手の不動産会社から通告があった日から6か月、契約した日から1年をかけて、ようやく売却が完了し、遺言書の書き換えも完了できました。

 

トラブルになってから相手と交渉するのは弁護士の領域です。しかし、トラブルになる前に契約内容をチェックし、買主側に任せきりにせず「書面で進捗を出してもらう」といった防衛策を打つのは行政書士が得意とする予防法務の領域です。

 

遺言や老後資金の計画段階から行政書士などの専門家に伴走支援をしてもらうことは、契約時の見落としにいち早く気づくための一つの対策と言えます。

 

 

伊藤 昌陸

AOMA行政書士事務所

代表