夫婦で同じ高齢者施設へ入所するため、長年暮らした自宅を売却した阿部さんご夫妻。家財を運び出し、近隣へのあいさつも済ませ、あとは決済を待つだけでした。ところが決済予定日の5日前、買主の大手不動産会社から突然、「必要な書類を取得できていない」と知らされます。夫妻に示されたのは、白紙解約という非情な通告でした。今回は、終活支援専門の行政書士である伊藤昌陸氏が「不動産トラブルを未然に防ぐために行政書士ができる支援」について解説します。また、プライバシーに配慮して、登場人物の情報に一部変更を加えています。
「施設の入居費用と住宅ローン、まさかの二重払いに…」自宅売却の5日前、70代夫婦が突きつけられた〈大手不動産会社からの非常識な通告〉【専門行政書士が解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

長年暮らした家を売り払い、夫婦で高齢者施設へ

「本当に、この家を離れるのね」

 

引っ越し当日の朝、家具が運び出された居間を見渡しながら、妻の幸代さん(仮名・79歳)がぽつりと言いました。

 

阿部さんご夫妻が暮らしてきたのは、子どもを育て、夫婦で年齢を重ねてきた思い出の詰まった家です。しかし、これからの健康や生活を考え、夫婦で同じ高齢者施設へ入所することを決めました。

 

施設への入居費用と今後の生活費を確保するため、自宅を売却。買主となった大手不動産会社は、土地を購入した後、建物を解体して2棟の住宅を建築する計画でした。

 

夫妻は買主から依頼された「私道承諾書」を集めるため、近隣住民の家を一軒ずつ訪ねます。

 

本件の「私道承諾書」とは、私道を通行したり、工事のために掘削したりすることについて、私道の所有者(共有者)から承諾を得るための書面です。夫妻の自宅に接している道路は、市や区が管理する「公道」ではなく、奥が行き止まりになった私人が共有する「私道」。夫妻を含む隣接住民たちが、それぞれ道路の持分を所有していました。

 

買主である大手不動産会社が夫妻の土地に新しく家を建てるためには、道路を掘り起こして水道管やガス管を新しく引き直す工事が必要になります。その道路が私道の場合、工事会社から私道所有者全員の承諾書を求められることがあります。

 

私道所有者の中には近くに住んでいない人もいたため、買主側が近くに住んでいない所有者や分岐承諾取得を担当し、売主側が引越しの挨拶も兼ねて隣接住民を担当して、買主側の用意した書類で分担してそれぞれ承諾書を取得することになっていました。

 

買主が用意した書類に不備が見つかれば、同じ相手にもう一度頭を下げてお願いをしに行く。予定どおり取引を終えるために、自分たちにできることはすべて行ったつもりでした。

 

すべての承諾を取り終えた数日後、夫妻は最後のあいさつをするためにご近所の家を訪問しました。「寂しくなりますね」と声をかけられた幸代さんは、少し言葉に詰まってしまいます。それでも、不安よりも期待のほうが上回っていました。

 

家を引き渡し、売却代金を受け取り、夫婦で新しい生活を始める。そう信じて、夫妻は決済の10日前に施設へ向かいました。

「取得済み」のはずだった承諾書が…

契約書の特約では、「私道承諾書(道路の通行・工事の許可)」と「分岐承諾書(水道管をつなぐ許可)」の両方を買い手側が取得できることが、決済(取引完了)の条件になっていました。

 

決済の数か月前、夫妻は買主である不動産会社の担当者に「決済に必要な書類はすべて取得できていますか?」と確認します。返ってきたのは「承諾書は取得済みとの認識で間違いない」という趣旨の回答でした。

 

それを信じた夫妻は施設への入所を決めます。火災保険の解約・住宅ローンの完済準備や不動産会社の要望だった土地の分筆登記(1つの土地を2つに分ける手続き)も完了させ、施設に入所して建物内を空にして、売主としての準備を決済の10日前に全て整えました。

 

ところが決済の直前、不動産会社側の社内確認で重大なミスが発覚します。「担当者が分岐承諾書と私道承諾書を混同していて、実は分岐承諾書が取得できていない」ことに気づきます。プロであるはずの買主担当者が、知識不足・確認不足の状態となっていて、必要な書類はすべて取得済みであると誤認していたのです。

阿部さん夫婦が事実を知ったのは、決済予定日の5日前

さらに、分岐承諾書を取得できていないという事実はすぐに夫妻へ伝えられませんでした。買主は夫妻に私道承諾書の共有を催促する一方で、自社側で判明していた分岐承諾書の問題については説明しなかったのです。

 

夫妻に連絡があったのは、決済予定日のわずか5日前でした。

 

施設で荷物を片付けていたとき、担当者から「分岐承諾書を取得できていないため、予定どおり決済できない」と電話で告げられます。

 

 

「どういうことですか? 必要な書類はすべて取得できていると聞いたので、もう家も空けてしまったんですよ」

 

阿部さん夫婦はそう答えるのが精いっぱいでした。

 

引っ越しの挨拶で私設管所有者とも顔を合わせたばかりです。その時点で知らされていれば、直接相談したり、関係者への橋渡しをお願いしたりできたかもしれません。夫妻は、問題を解決するために動く機会までもを失っていました。

私設管所有者からの承諾が得られないことに

決済が延期されたあと、買主側は私設管所有者への交渉を始めました。

 

阿部さん夫婦は「買主側がいろいろと動いてくれているのだから静観しよう」と思い、買主からの結果報告を期待して待っていました。その期待は、「買主側の要望には応じられない」というかたちで裏切られることになります。

 

買主がもっと早く事実を教えてくれていたら、自分たちが直接お願いすることができたのに……

 

阿部さん夫婦の無念は計り知れないものがありました。