「事故が起きてからじゃ遅い」「車の維持費もバカにならない」「人様をケガさせたり、最悪殺めてしまったら、損害賠償はいくらになると思う?」――あの手この手で子世代が説得する高齢親の運転免許返納。実際に返納に成功したとしても、「返納後」のほうが一層大変なようです。事例をご紹介しましょう。※事例の登場人物はすべて仮名です。
「免許返納、したくない」ごねる73歳父から車を取り上げた44歳息子、返納1ヵ月後に目の当たりにした〈地獄絵図〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

生きがいを失った父

返納から1ヵ月ほどが経過したころ、不便な生活を送っているであろう父を気遣い、トシノリさんは実家を訪れました。

 

居間に入ると、サブローさんは電源の切れたテレビの画面をぼんやりと見つめたまま、ソファから動こうとしませんでした。声をかけても、父は視線をわずかに向けただけで「そこに置いておいてくれ」と力なく答えるだけでした。以前なら即座に眼鏡をかけ、雑誌のスペック表を食い入るように読み込んで熱弁をふるっていたはずでした。

 

ふと庭のガレージへ目をやると、あんなにも愛でていたランドクルーザーのボディに、うっすらと埃が積もりはじめていました。事故の恐怖から解放されたはずのトシノリさんでしたが、生き生きとした表情を失い、急激に衰えてしまった父の姿を目にして、激しい戸惑いと胸のざわつきを抑えることができません。父は生きがいを失い、生き地獄となってしまったのかもしれません。

免許返納後の二次リスク

警察庁が発表した『運転免許統計』によると、令和6年(2024年)における運転免許証の自主返納件数は42万7,914件を記録し、前年から約4.5万件増加して5年ぶりに増加傾向へ転じました。このうち75歳以上の返納者が26万4,916件と全体の6割近くを占めており、危険な運転を未然に防ぐ社会的な意識の高まりがうかがえます。

 

しかし、運転をやめることが本人の健康状態に与える影響については慎重な配慮が必要です。筑波大学大学院の研究グループが2019年に発表した調査(愛知県の高齢者約2,800人を対象とした6年間の追跡研究)によると、車の運転をやめた高齢者は、運転を継続している高齢者と比較して、要介護認定を受けるリスクが「2.16倍」に跳ね上がることが判明しています。

 

高齢者にとって車の運転は、単なる移動の手段にとどまらず、社会とのつながりや外出のきっかけ、脳への適度な刺激や自己効力感を維持するための重要な役割を果たしています。特に車へのこだわりが強かった男性の場合、ハンドルを握る機会を失うことで自宅に閉じこもりがちになり、会話や運動量が激減して「フレイル(加齢に伴う心身の虚弱)」が急速に進行するリスクが高まります。

 

家族が事故を防ぎたい一心で返納を促すこと自体は決して間違いではありませんが、返納という手続きそのものをゴールにしてしまうと、本人の生活機能や気力を根底から損なう結果になりかねません。運転に代わる新しい趣味を一緒に探すことや、公共交通機関の利用をサポートすること、時には家族がドライバーとなって目的地へ連れ出す機会を作るなど、本人の「自立心」と「居場所」を守るためのアフターケアも考える姿勢によって、高齢親の健やかな老後生活は守られるのではないでしょうか。

 

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