(※写真はイメージです/PIXTA)
事故の心配は消えたはずなのに…
「お前たちに、俺の生きがいまで取り上げる権利があるのか!」
都内在住の会社員・トシノリさん(44歳)は、実家で一人暮らしを続ける父・サブローさん(73歳)との激しい押し問答をいまでも鮮明に記憶しています。
サブローさんの宝物は、20年前に新車で購入してから大切に乗り続けているトヨタのランドクルーザーです。50代は現役生活のなかで最も収入が高かった時期。少し奮発して購入しました。定年退職を迎えてからは愛車への傾倒がさらに強まり、休日のたびにガレージで四駆特有の大きな車体をピカピカに洗車し、泥除けやホイールの隅々まで磨き上げるのが日常となっていました。「どこへでも走っていけるこのタフさと圧倒的な存在感が最高なんだ」と語りだすと止まらず、まるで相棒のように大切に扱っていたのです。
しかし70代を過ぎ、トシノリさんは父の運転能力に強い危惧を抱くようになります。きっかけは、実家に帰省した際に久しぶりに父のランドクルーザーの助手席へ乗ったときのこと。
かつては巨体を意のままに操っていたサブローさんでしたが、最近は車線の中央をキープできず、無意識に車体が右側へ寄って対向車からクラクションを鳴らされることが増えていました。さらに狭い路地でのすれ違いでは、車幅の感覚が怪しくなったのか極端に左へ寄せすぎ、ガードレールやブロック塀スレスレを通り抜けてトシノリさんを青ざめさせます。商業施設の駐車場に止めた際も、車体が白線を完全に踏み越えて斜めに停まっているにもかかわらず、本人はまったく気づかず「よし」と車を降りようとする始末でした。
無事故ではあったものの、高齢者の痛ましい暴走事故がニュースで取り上げられるたび、不安は膨らみました。
「なにか事故を起こしてからでは手遅れになる。車を維持する費用もバカにならないんだから、そろそろ免許を返したらどうか」
トシノリさんが提案すると、サブローさんは顔を真っ赤にして怒りを露わにしました。「まだ目も耳も確かだし、反応速度だって衰えていない! 年寄り扱いするな」と言い張る父に対し、トシノリさんも「車は手元に置いておいていいから、運転をやめるだけでいい」と一歩も引きません。しかしサブローさんは「走らせない車になんの価値がある。乗れてこそのクルマだ」と一蹴するばかりでした。
それから半年間、トシノリさんは実家に通うたびに説得を重ねました。維持費の試算表を提示し、孫からも「おじいちゃんの運転は心配だからやめて」と説得してもらうなど、家族全員で説得を続けました。最後は根負けしたサブローさんが「もう好きにすればいい」と捨て台詞を残し、警察署へ出向いて免許を自主返納したのです。トシノリさんは「これで他人に怪我をさせる心配がなくなった」と深く安堵しました。