人生100年時代、長年住み慣れた「我が家」が、老後の安心を約束してくれるとは限りません。愛着による実家の維持、加齢に伴う身体機能の変化、そして災害時の避難リスクなど、高齢期の住まいを取り巻く課題は多様化しています。今回はある夫婦の事例から、高齢者向けの住宅への住み替えについて考えます。
「毎日が苦痛でした…」 〈年金月24万円・70代夫婦〉持ち家を売って入った「サ高住」を1年足らずで退去した理由 ※写真はイメージです/PIXTA

「見守ってもらえる」が、いつしか「気を遣う」に変わった

サ高住での生活には、夫婦が想像していた以上に「人と接する場面」がありました。

 

廊下や食堂で他の入居者と顔を合わせる。館内ではサークル活動やイベントが行われ、参加を勧められることもある。

 

もちろん、どれも入居者の交流や生活を支えるためのものです。ただ、もともと夫婦は人付き合いが得意なタイプではありませんでした。自宅で暮らしていたころは、買い物に出る時間も、家で過ごす時間も自由。誰かと顔を合わせることを意識する必要もありませんでした。

 

ところが、サ高住では外出するときにもスタッフと顔を合わせます。安否確認のための声かけもあります。サ高住では、すべての入居者に対して状況把握・生活相談サービスを提供することが制度上必要とされています。これは入居者の安心を支えるための重要な仕組みです。

 

しかし、夫婦にとっては、その「安心」が少しずつ違うものに感じられるようになりました。

 

「今日はどこへ行くんですか?」

「夕食は食べられますか?」

 

悪意のない声かけであっても、何度も続くと、夫婦は以前のような自由さを失ったように感じられたといいます。

 

幸子さんは次第に、外出する際にも「また声をかけられるかもしれない」と考えるようになりました。誠さんも、共用スペースで他の入居者と顔を合わせるたびに、会話を続けなければならないような気持ちになっていきました。

 

「一つひとつは悪いことではないんです。でも、毎日毎日、人に気を遣う。それがだんだん苦痛になっていきました」

 

夫婦が求めていたのは、介護を受けることではなく、安心しながら自分たちのペースで暮らせる住まいでした。ところが、住み替えによって家の管理負担は軽くなった一方で、別の負担を感じるようになったのです。

 

そして入居から1年を迎える前、夫婦は再び住まいを探すことになりました。今度は、サ高住を選ぶときとは違い、「どんなサービスがあるか」だけでなく、「どこまで人と関わることになるのか」も確認しました。

 

内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、住み替えが進まない理由として「住み替え先に馴染めるか不安があるから」(13.5%)が上位に挙がり、「友人・知人等と疎遠になるから」(11.6%)など環境変化への不安も根強く存在します。また、現在の住まいに「十分満足している」人の9割以上が幸福感を得ているデータが示すように、高齢期では自分に合った住環境の確保が心の安らぎに直結します。

 

ひと口にサ高住といっても、サービス内容や雰囲気はさまざま。入居しないと自身に合っているかどうかはわかりません。バリアフリーや見守り等の機能性だけに偏らず、自身の生活ペースや対人の距離感を保てるかを見極めることが、後悔のない住み替えへの視点といえるでしょう。