「贈与税も払いました。40年も前のことですよ」。父親の遺産分割を始めた矢先、次男から住宅建築資金1,000万円の援助を指摘された長男。税金の手続きが終わっていても、民法上の「特別受益」の問題は別に残ります。40年前の贈与はいくらと評価されるのか、遺言がない場合に何ができるのか、遺言があれば何を防げたのか。ある兄弟の事例をもとに、司法書士・田中康雅氏が解説します。
「兄さんは家を建てるときに父さんから1,000万円をもらってたよね?」父の相続で〈40年前の生前贈与〉を指摘された68歳兄が、弟のために下した「決断」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「兄さんは家を建てるときに1,000万円もらっているよね」

「父の遺産は、兄弟で半分ずつでいいと思っています」

 

父親を亡くした正一さん(仮名・68歳)は、弟の和夫さん(仮名・65歳)と相談に来られました。母親はすでに他界し、相続人は兄弟2人。遺産は自宅と預貯金で約6,000万円です。正一さんは、この6,000万円を弟と3,000万円ずつ分けるつもりで考えていました。

 

ところが、弟の和夫さんが口にしたのは今から40年も前の話でした。

 

「兄さんは、家を建てるときに父さんから1,000万円もらっているよね。その分も入れて考えるべきじゃないの」

 

昭和61年(1986年)、正一さんは結婚後に自宅を新築しました。建築請負契約も登記も正一さん名義となっており、建築費約3,000万円のうち1,000万円を父親が援助してくれたのです。

 

「40年前ですよ? 贈与税だって申告して払いました。家はもう古くて、建物の価値もほとんど残っていません」

 

正一さんにとっては、贈与税を納めた時点でこの話は完結していました。

 

税では終わっていた――昭和61年の「5分5乗方式」

当時は、国が住宅資金の贈与を後押ししていた時期です。昭和59年創設の「5分5乗方式」という特例があり、1,000万円の住宅取得資金にかかる贈与税は、通常の387万5,000円から197万円まで軽減されました。この制度を使った親からの援助は、当時として十分に現実的なものでした。

 

法では終わらない――「10年より前」は遺留分の話

民法には「特別受益」という考え方があります。相続人の1人が生計の資本として贈与を受けていた場合、相続分の前渡しとみて公平を図る仕組みです。住宅資金も、金額や経緯によってはこれにあたります。

 

ここで誤解が多いのが期間です。「10年より前の贈与は関係ない」と聞いたことがある人もいるでしょう。しかし、この10年は遺留分を計算するときのルールです。遺産分割で特別受益を考慮する場面に一律の期間制限はなく、40年前の贈与も対象になり得ます。

 

もっとも、古い贈与の立証は容易ではありません。特別受益を主張する次男の和夫さんが、贈与の事実と金額を示す必要があります。申告書や契約書、送金記録などがなければ、主張が認められないこともあります。

 

さらに大きな分かれ目になるのが父親の意思です。「これは相続とは別に渡す」という持戻し免除の意思が認められれば、その1,000万円は遺産分割の計算に加えません。正一さんと和夫さんは、遺産6,000万円をそのまま3,000万円ずつ分けることになります。決めるのは贈与した父親であり、受け取った正一さんではありません。ただ、その意思が証拠として残っていることも、ほとんどないのが実情です。