厚生労働省『2025年 国民生活基礎調査』によると、高齢者世帯の平均所得は336万1,000円で、その61.3%を公的年金・恩給が占めています。また、平均貯蓄額は1,647万6,000円でした。親の年金や貯蓄を頼りに暮らす子がいる家庭では、親亡き後に生活基盤そのものを失うケースもあります。ある親子の事例から、その実態をみていきます。
「親の年金月12万円」で暮らす54歳息子、母急逝後に発覚した「2,000万円消失」に絶句 ※写真はイメージです/PIXTA

母の死で生活が一変

ところが、田中さんの安心の前提は突如として崩れ去ります。母親が急逝したのは、田中さんが54歳になった直後でした。入院していたわけでもありません。突然のことでした。

 

葬儀は行わず、直葬にしました。それでも費用は20万円かかりました。

 

そして実家には、田中さん一人が残されました。もう母親の年金はありません。しかし、2,000万円がある。これだけあれば、当面は暮らしていける――そう思っていました。

 

そして、父親の遺産を管理している通帳を確認。そこで衝撃的な光景を目にします。

 

残高、約180万円。

 

「……え?」

 

ほかに通帳があるかもと、家中を探しました。しかし、それらしきものは見つかりません。田中さんの頭には、ひとつの疑問が浮かびました。

 

母は、いったい何にお金を使ったのか――

 

生活は決して派手ではありませんでした。月12万円の年金で暮らし、外食もほとんどしない。高額な買い物をしていた様子もありません。それなのに、約2,000万円が180万円になっている。銀行から過去の入出金記録を取り寄せると、見覚えのない振込先がいくつも見つかりました。

 

金額は10万円、20万円、30万円……。

 

なかには、一度に100万円を超える振り込みもあります。

 

振込先を確認すると、その多くは母親の妹の娘、つまり田中さんにとって従姉にあたる女性の口座だったことが判明しました。

 

母親には、親戚にお金を貸しているような話は聞かされていませんでした。田中さんが従姉に連絡すると、しばらく沈黙したあと、事情を話してくれました。

 

数年前、従姉は離婚。パート収入だけでは子どもとの生活が厳しく、家賃や教育費の支払いにも困っていたといいます。

 

母親は、それを知って援助を始めました。

 

最初は数万円でした。

 

しかし、生活が立て直せないまま、支援は何年も続いていました。母は従姉に「健一には言わないで」と口止めしていたといいます。

 

もちろん、すべてが従姉への支援に使われたわけではないでしょう。しかし、母親が残したと思っていた2,000万円の多くは、親族を助けるために使われていたのです。

 

実家に戻ってから、「お金のこと」はすべて母親に頼っていました。初めは「年金月12万円ですべてを賄うのは無理だろう」と思っていました。

 

わずかではあるものの、田中さんにも貯金があり、多少は家に入れることができました。しかし母親は「大丈夫」と言って断ります。実際、母の言う通り、母子2人暮らしは何の支障もなく続きました。また父の遺産があるという思い込みから、安心しきってしまったのです。

 

母親の年金はなくなり、手元に残った預金は約180万円。54歳で収入はありません。住むところはありますが、固定資産税や光熱費、食費などの支出は続きます。

 

田中さんはようやく、アルバイトを含めて仕事を探し始めました。実家の売却も考えましたが、住むところがあるという安心感のほうが大きいと判断しやめました。

 

「親がいるから安心だと思っていた。ただただ、甘かった」

 

田中さんのように、具体的な見通しを持たずに生活を送る人は少なくありません。生命保険文化センターの『2025(令和7)年度 生活保障に関する調査』によると、自身の将来に向けて「具体的な生活設計を立てていない」人は51.9%。また83.2%が老後生活に不安を抱いており、その具体的内容は「公的年金だけでは不十分(79.8%)」が最多となる一方、老後に向け「特別な準備はしていない」人も27.1%存在します。

 

「なんとかなる」という現状維持の甘い想定が崩れたとき、突如として日常生活は崩壊します。高齢期の自立に向け、早期に現実的かつ主体的な生活設計や自助努力を行うことが不可欠です。