(※写真はイメージです/PIXTA)
2年後に知った、遺言の中身
CさんによるAさん夫婦への支援は、2年ほど順調に続きました。ところが、Aさんが84歳になったある日。Aさんの入院手続きや今後の生活費について相談に乗っていたCさんは、やりとりのなかで、Aさんが以前作成した遺言の存在と中身を知ることになります。
「財産はすべて妻Bへ」
Cさんの名前は、どこにもありません。
Cさんを責めるべきことは、誰にもできないでしょう。叔父であるAさんと、血縁関係のないBさんのお世話まで含め、手厚いサポートを2年間続けてきたわけです。
「でも待てよ。この先何年もなんの報いもないのに一人でこの役割を担っていくのか……」。そう考えたとき、それまで自然に張っていた気持ちの糸が、すっと緩んでしまいました。「がめつい」というより、尽力してきた自分に対する評価や配慮がどこにも用意されていなかったことへの、静かな失望だったのでしょう。
その後もCさんは、Aさん夫婦と縁を切ったわけではありませんでした。ただ、以前のように自分から動くことは少なくなり、連絡や訪問の頻度も次第に落ちていきました。
そうして3年が過ぎた87歳のある日、Aさんは息を引き取ります。最期の日々、Cさんは十分なサポートをする気持ちを持てないまま、Aさんを見送ることになりました。
用意した遺言書を見直すタイミング
Aさんの遺言そのものは、法的にはなんの問題もありません。「妻に全財産を」という選択は自然な気持ちですし、兄弟姉妹に遺留分がない以上、争いの起きようのない、きれいな遺言でした。
悔やまれるのは、その内容を見直す機会を持てなかった点に尽きます。Cさんの支援が始まった82歳のタイミングこそ、Aさんにとって遺言を振り返るいい機会だったはずです。いくらかの財産をCさんに遺す内容へと書き換えることは、老後の暮らしを安定させる意味でも十分に検討価値があったはずです。身内からのサポートを受けはじめた事実そのものが、遺言を更新すべき重要なサインだったのではないでしょうか。
一方で、Cさん側にも立ち止まって考える機会が必要だったと感じます。遺言の中身がどうであれ、自分は叔父夫婦を最期までサポートする覚悟があるのか、ないのか。支援を始める段階で、「Aさん夫婦にどうしてほしいのか」という自分自身の意思を、一度整理しておくべきだったのかもしれません。Cさんの厚意は、最初から見返りを期待したものではありませんでした。その厚意そのものは、尊いものです。ただ、無償の厚意は、いつまでも続けられるものではないでしょう。継続の可否を自分で決断し直す機会がないまま負担が積み重なると、ある日突然、関係が静かに終わってしまう恐れもあります。
家族への思いやりとして作成する遺言だからこそ、生活スタイルの変化に合わせて定期的に内容を再確認することが大切です。
森 拓哉
株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン
代表取締役
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