「借金をなくせば安心」という思い込み――妻が知った「団信」の意味

葬儀などの支出も重なり、智子さんの手元に残った預貯金は700万円ほど。ローンのない家は残りましたが、61歳からの老後を支えるには心もとない金額でした。

智子さんの頭をよぎったのが、3年前の繰上げ返済です。

「もし1,400万円を一括返済せず、毎月返済を続けていたとしたら――」

試算上、直樹さんが亡くなった時点でも、住宅ローンは約1,100万円残っていました。ただ、この住宅ローンには、団体信用生命保険(団信)が付いていました。契約者が死亡するなど所定の状態になったとき、保険によって残債が弁済される仕組みです。

今回のケースでは、直樹さんの死亡は団信の支払要件に該当していたため、もしローンを残していれば、約1,100万円の残債はゼロになっていたはずです。つまり、その分貯金が手元に残っていたわけです。

「ローンはなくなりました。でも、家は毎月の生活費を払ってくれるわけじゃないんですよね」

夫を亡くして初めて、智子さんはそのことを痛感したといいます。

「借金をなくす」だけが正解ではない…退職金を使う前に考えたいこと

「残債がゼロになるなら、繰上げ返済をしなければよかったのでは」

智子さんがそう考えてしまうのは無理もありませんが、直樹さんの死が突然であった以上、それは結果論です。当時の直樹さんの判断が完全に間違いだったとは、言い切れません。

住宅ローンの繰上げ返済には、将来支払う利息を減らし、毎月の返済をなくせるというメリットがあります。退職金で住宅ローンを一括返済すれば、借金という「マイナス」がなくなり、家計はすっきりして見えます。

60歳時点では夫婦で年420万円ほどの就労収入があり、完済後にも約1,300万円の金融資産が残る計算でした。「これならやっていける」と考えても、そうおかしくはありません。

一方で、60代以降は収入が減りやすく、持ち家ではまとまった修繕費が発生することがあります。医療や介護など、いつ、どの程度のお金が必要になるかもわかりません。

だからこそ、退職金で繰上げ返済を検討する際は、①返済後にどれだけ現金が残るか、②今後どれくらい働けるかを確認したうえで、③団信という保障を手放すことになる点も踏まえておく必要があるのです。