「自宅に戻るのは難しいでしょう」85歳母、突然始まった施設探し

「まさか、母が家に帰れなくなるとは思っていませんでした」

そう振り返るのは、会社員の佐藤隆さん(仮名・59歳)。和子さんの一人息子で、57歳の妻と隣県で2人暮らしをしています。

母・和子さん(仮名・85歳)は、8年前に夫を亡くし、首都圏近郊の持ち家で一人暮らし。結婚後は専業主婦となり、50代から近所のスーパーで短時間のパートをしていました。現在の年金は遺族厚生年金などを含め月15万2,000円ほど、預貯金は約1,800万円です。

隆さんの生活が一変したのは、和子さんの自宅での転倒による大腿骨骨折でした。

手術後、回復期病院に転院しましたが、もともと物忘れがあった和子さんは、環境変化もあり混乱しがちに。リハビリも思うように進まず、歩行器でも見守りが必要で、排泄にも介助が要る状態となり、要介護3と認定されました。

「一人暮らしに戻るのは難しいと思います」

病院からそう告げられた隆さんは、すぐに施設探しを始めます。まず近隣の特別養護老人ホーム(特養)3施設に申し込みましたが、「すぐの入所は難しく、1年以上待つ人もいます」と説明されました。

「でも、病院からは出なきゃいけない。どうしたらいいんだ」

共働きの隆さん夫婦には、日中見守りが必要な母の在宅介護は現実的ではありませんでした。

すると、担当ケアマネジャーからは、公的リハビリ施設である「介護老人保健施設(老健)」を提案されます。しかし、老健はあくまで自宅復帰を目指すための期限付き施設。入所できたとしても、数ヵ月ごとに退所や別の施設への移動を迫られるリスクがあります。

「病院が変わるだけでも混乱していたのに、施設から施設への移動が何回も必要になるかもしれない……。そんなに環境を変えて、母は大丈夫なのだろうか」

有料老人ホームに慣れた矢先…特養から「空きました」の連絡

悩んだ末、隆さんは空室のあった「介護付き有料老人ホーム」を選びました。

入居一時金0円のプランで、月額利用料は約26万円。介護保険の自己負担分や医療費などを合わせ、毎月約29万円。母の年金との差額は月約14万円です。その差額は母の貯金からの取り崩しになりますが、「特養が空くまでだから」と考えていました。

入居当初こそ「家に帰りたい」と繰り返していた母も、数ヵ月で職員の顔を覚え、食堂で話す相手もできました。「高いけれど、いい施設でよかった」――そう思い始めた入居から約半年後、申し込んでいた特養から電話が入りました。

「空きが出ました。入所を希望されますか?」

待ち望んでいたはずの連絡です。そもそも介護付き有料老人ホームは“つなぎ”のつもりでした。しかし隆さんは、「お願いします」とすぐに答えることはできませんでした。

和子さんに今の施設をどう思うか改めて聞いたところ、「慣れてきて居心地がいいわ。死ぬまでここにいられたら安心ね」と笑顔で言うのです。

「こんなに気に入るとは思わず、母には、施設を移るかもしれないという話はしたことがなかったんです。それもあって、『特養のほうが安いから移ろう』なんて……とても簡単には決められませんでした」