「働いていて年金が全額支給停止になっているなら、請求手続きをしても意味がない」――そう思い込み、年金事務所に請求書を出さないまま亡くなってしまうケースは少なくありません。しかし、その勝手な自己判断が、もらえるはずだった数十万円の年金を消滅させているかもしれません。在職老齢年金と遺族年金の複雑なしくみと、手続き漏れで損をしないための注意点を、年金問題に強い特定社会保険労務士のゆかねぇ先生がわかりやすく解説します。
「本当に主人の年金は1円も受け取れないのでしょうか…?」在職老齢年金で「全額支給停止」の誤解。在職中の66歳夫を亡くした妻が受け取れる年金・受け取れない年金【社労士が解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

「全額支給停止」でも全額止まるわけではない!年金構造図で見る制度の罠と専門的見解

このケースにおける最大のポイントは、「在職老齢年金で止まるのは、老齢厚生年金の『報酬比例部分』だけである」という点です。

 

多くの人が「年金が全額支給停止」という言葉を聞くと、自分がもらえるすべての年金がストップしていると錯覚してしまいます。しかし、日本の公的年金構造においては、支給停止がかかる対象と、かからない対象が明確に分かれています。

 

生前の徹さんの年金見込額の内訳を表した構造図(下記参照)で、年齢ごとの変化を確認してみましょう。

 

 

まず、64歳時点をご覧ください。徹さんには「特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分 180万円)」の受給権が発生していました。しかし当時は役員報酬が高額だったため、在職老齢年金の仕組みにより報酬比例部分の180万円が全額支給停止となっていました。この時期は老齢基礎年金も発生していないため、文字通り『1円ももらえない状態』だったのです。

 

徹さんはこの64歳時点での「全額ストップ」の体験から、「どうせ65歳になってもずっと支給停止で1円も出ないだろう」と思い込み、年金事務所からの通知を完全に放置してしまいました。しかし、ここに大きな罠がありました。65歳を迎えると年金の構造そのものがガラリと変わるのです。

 

65歳以降の図を見るとわかる通り、高額な給与によって全額支給停止が継続していたのは「老齢厚生年金の報酬比例部分(65歳時点で190万円)」のみです。

 

65歳からの老齢基礎年金と経過的加算額は、支給停止にならない

一方で、65歳から新たにスタートする1階部分(国民年金)の「老齢基礎年金(80万円)」および2階部分(厚生年金)の「経過的加算額(4万円)」の合計年間84万円は、どれだけ給与が高くても支給停止になることはありません。本来であればそのまま全額が手元に入っていたはずの年金だったのです。

 

しかし、徹さんが「どうせ全額ストップだから」と請求書を提出しなかったため、この年間84万円は受給されないまま放置されていました。幸いにも、亡くなった後に未支給年金として妻である美佐子さんが請求手続きを行うことで、この「65歳から66歳までの1年間分の84万円」は、一括して美佐子さんのもとへ支払われることになります。

 

支給停止されていた過去の報酬比例部分は、配偶者の死亡後でも二度と戻ってこない

一方で、64歳時点の180万円や、65歳以降に支給停止になっていた「報酬比例部分(190万円)」はどうなるでしょうか。「未支給年金として後からまとめてもらえるのでは?」と期待される方も多いですが、残念ながら支給停止されていた過去の報酬比例部分は、亡くなった後であっても遡って支払われることは絶対にありません。