定年退職を迎えた翌朝、穏やかな時間を期待していた夫を待ち受けていたのは、妻からの思いがけない一言でした。十分な資金計画を立てて迎えたリタイア生活であっても、想定外に直面することも。定年後のセカンドライフにおける夫婦の役割分担や今後の暮らしの現実にどう向き合うべきか、考えていきます。
「長い間、おつかれさまでした」退職金1,500万円・60歳夫、定年退職の翌朝、55歳妻に叩き起こされたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

定年退職の翌日から「忙しい日々」の始まり

「長い間、おつかれさまでした」

 

花束を抱えて帰宅したのは午後10時過ぎでした。送別会では、部長や後輩たちから次々と声をかけられました。最後のスピーチでは、40年弱勤めた機械メーカーへの感謝を述べました。

 

翌朝、午前6時10分。

 

「ちょっと、いつまで寝てるの」

 

肩を強く揺すられ、高橋恒一さん(60歳・仮名)は飛び起きました。「えっ……もう朝?」と寝ぼけているところ、「私はこれから仕事。あなたは昨日で終わったんでしょ」と妻の美紀さん(55歳・仮名)。スーツ姿のまま腕時計を見ていました。

 

「仕事辞めたら、とりあえず家事はあなたの役目という約束だったよね。だらだらされたら困る」

 

その言葉に、恒一さんは返事ができませんでした。恒一さんの退職金は1,500万円。さらに貯蓄が1,000万円ほどありました。企業年金を含めると、65歳以降の年金見込み額は恒一さんだけで月20万円ほどになります。自宅マンションのローンは完済済み。

 

一方で5歳下の妻は、都内で医療事務として働き、手取りは月24万円ほどありました。恒一さんが60歳定年で仕事を辞めた場合、65歳で年金を受け取るようになるまでの5年間は無収入になります。しかし、美紀さんの給与があれば貯蓄を取り崩すことなく暮らしていける――そういう算段があり、恒一さんは60歳で仕事を辞めることにしたのです。

 

「40年近く同じ職場で働いてきて、もういいだろう、休みたい……これが本音でした」

 

その思いを美紀さんに伝えたとき、特に反対されることはありませんでした。しかし条件付き。家事はすべて恒一さんが担当すること。「今まで共働きだったけれど、あなたのほうが倍以上の稼ぎがあったから、家事はすべて私がやってきた。仕事を辞めるなら、家事はすべてあなたがやるのが当然」と美紀さん。恒一さんも納得のうえで定年で仕事を辞めることにしたのです。

 

恒一さんのように60歳(定年)で退職する決断は、現在では少数派。厚生労働省の令和7年『高年齢者雇用状況等報告』によると、定年を60歳とする企業は全体の62.2%を占めるものの、65歳までの雇用確保措置を実施している企業は99.9%に上ります。

 

さらに、同報告の継続雇用制度の経過措置に関するデータを見ると、基準適用年齢に達した人のうち、継続雇用を希望せず退職した人はわずか6.6%。実に9割以上の人が定年後も働き続ける選択をしています。