(※写真はイメージです/PIXTA)
地方では60歳でも「若手」だった…
都内の機械メーカーで働いていた佐藤健一さん(60歳・仮名)。定年退職を機に妻の明子さん(58歳・仮名)とともに長年の夢だった地方移住を叶えます。移り住んだのは、関東近郊に位置するのどかな山間部の町。
退職金と預貯金を合わせた老後資金は3,300万円ほどでした。そこから、空き家バンクで見つけた築50年の古民家購入と水回りのリフォーム代として、1,500万円を現金で支払いました。手元に残ったのは1,800万円ほど。夫婦ともに年金の受給開始年齢には達していませんが、物価の安い地方であれば、月の生活費を都会時代の30万円から15万円程度に抑えられると計算していました。
一方で、地方移住に際し、不安に思ったことは「人間関係」。地方での暮らしに憧れはあっても、知り合いは一人もいません。「近所づきあいが濃いと聞くけれど、うまく溶け込めるだろうか」。そんな心配を抱えながらも、「時間をかければ自然になじめるはず」と夫婦は考えていました。
実際に移り住んでみると、住民はみな優しく、面倒見もよく、すぐに溶け込むことができました。ところが、その認識は移住からしばらくたったころに覆ることになります。
ある日、自宅ポストに入れられていた回覧板を見て、健一さんは目を疑いました。そこには夏祭りの準備委員として、健一さんの名前と担当業務がすでに印刷されていたのです。事前の相談や確認は一切ありませんでした。
総務省『令和7年国勢調査』によると、全国の市町村の90.6%(1,558市町村)で人口が減少し、45道府県が人口減となるなど地方の過疎化は深刻です。この圧倒的な人口減のなか、地域コミュニティや祭りなどの行事を成立・継承していくには、限られた住民全員で役割を担うしかありません。なかには事前の相談なしに住民の強制参加が基本となるケースも……これが地方における切実な実態なのです。
佐藤さん夫婦の場合もまさにこのケース。指示を出す地域の長たちは70代から80代が中心。60歳の健一さんは、彼らから見れば立派な若手です。
「あんたんとこは毎日家にいるんだから、暇でしょ。若いんだから祭りの櫓組みも草刈りも頼むよ」
地域の役員からそう言われ、健一さんは渋々参加を承諾しました。祭りの準備は、朝から晩まで持ち場の仕事をさせられる重労働でした。酒を飲む場面も多く、終わるころには疲労困憊。報酬はおろか、食事が出ることもありませんでした。