出世には興味を示さず、定時になると静かに帰宅する――。職場では「やる気がない人」「出世に興味がない負け組」と見られがちな54歳会社員。しかし、実はその人が、すでに資産形成を終え、精神的にはすでに退職しているも同然の「隠れFIRE民」だったとしたら――? 辞められるのに、なぜ辞めないのか。50代男性の事例をもとに、会社員という立場の「見えざる価値」について、CFPの松田聡子氏が解説します。
「それでも、私は会社を辞めません」…出世欲も存在感もない54歳平社員、密かに達成した〈資産1億円〉。FIREできるはずが、今日も“8時間労働”を続ける「納得の理由」【CFPの助言】
FIREできるだけの資産を持ちながら、あえて「会社員」として働き続ける理由
亘さんのようにFIREできるだけの資産を持ちながら、あえて会社員として働き続けている人は実際に存在します。このような人々は「FI会社員」(Financial Independence, Remain Employed:経済的に自立した会社員)などと呼ばれており、表面上はごく普通の会社員として組織に紛れているため、周囲からは見分けがつきません。
しかし、世の中のFIRE願望は根強いものがあります。2023年に株式会社AlbaLinkが実施した「FIREに関する意識調査(働いている500人対象)」では、約78%が「FIREしたい」と回答しています。その理由の1位は「仕事・会社から解放されたい」で、5位には「面倒な人間関係から解放されたい」が入りました。多くの人が労働を「生活のため、嫌なことの対価」として捉えている実態が浮かび上がります。
注目すべきは、同調査で4位に挙がった「働き方を選びたい」という回答です。回答者からは「働いてもいいし働かなくてもいいという環境で過ごしたい」というコメントもあり、どうしても退職したいわけではなさそうな心理が推測できます。
厚生労働省「労働安全衛生調査(令和6年)」を見ても、仕事や職業生活で強い不安やストレスを感じている労働者は68.7%と半数以上。その内容は「仕事の量」が43.2%と最も多く、次いで「仕事の失敗、責任の発生等(36.2%)」「仕事の質(26.4%)」と続いています。
しかし、まとまった資産形成に成功して「いつでも会社を辞められる」という選択肢があれば、会社は「耐えるべきストレスの場」ではなくなるのではないでしょうか。
たとえば、亘さんは昇給もボーナスの上積みも期待していませんが、毎月の給与という安定したキャッシュフローが自動的に入ってきます。そのため、1億円の資産には手をつけず、運用を続けられます。しかも、パワハラという試練を乗り越え、定時で帰れる職場環境です。
つまり会社は、亘さんのような人にとって「最強のセーフティネット兼、資産を守り育てるための場」。FIREをできても会社員を辞めない人々には、極めて合理的な理由があったのです。