オーナー社長の特性と強み
私は現在、経営権専門家として非上場会社に対する「資本政策コンサルティングや経営受託(プロ経営者派遣)事業」を営んでいます。
日本の会社は99.7%が非上場であり、そのほとんどが同族経営ですから、オーナー社長の皆様からご相談をいただく機会は数多くあります。何しろ私自身がオーナー社長歴48年の大ベテランなので、同じような方々のお気持ちや置かれている状況が、自分事としてよくわかるのです。
たとえば世界最大規模の非上場会社であるサントリーは、2代目の佐治敬三氏がビール事業に参入後、黒字になるまで45年も頑張り続けました。上場企業であれば株主から「赤字部門など、斬り捨てろ」と批判を浴びていたはずです。しかしオーナー経営だからこそ、長期的な視点で事業に取り組み、粘り強くチャレンジを続けた末に、大きな収益を上げる商品を開発できたわけです。
同時に、オーナー社長には3大特徴というものがあります。1つめは、「自分は永遠に死なない」と錯覚しており、なかなか経営権を手放さないこと。2つめは、「会社の財産はすべて自分のもの」と、公私混同すること。そして3つめは、「強引グマイウェイ(ゴーイングマイウェイ)」で人の話を聞かないこと。
そういう個性的な方々の考えが私にはよくわかるものですから、皆様に喜んでいただける提案が出来るのかもしれません。
25歳で挑んだ家業改革:年商1億円の陶器店を50億円へ
私の経営者としての歩みは、祖父が大正13年に徳島県で創業した「喜多陶器店」から始まります。
昭和50年、22歳で関西大学を中退した私は、そのまま家業に入りました。父が社長、私が専務という体制です。当時は引き出物など、冠婚葬祭に伴う「お返し文化」の全盛期。父は業態を「陶器卸小売」から「贈答品店」へと転換し、年商1億円を稼ぎ出す繁盛店へと成長させていました。
「単なる繁盛店では面白くないから、事業化してチェーン展開してはどうだろう」。そう考えていた私は25歳になり、県庁所在地である徳島市へ新規出店するタイミングで、別会社を設立しました。父は懐が深く、私の好きにやらせてくれたのです。
現代とは異なる「百貨店全盛期」で、何を買うにも定価販売が基本という時代でしたが、引き出物を何十個も買うお客様は「優良店で、少しでも安く買いたい」と考えていました。そこで私は「会員制」を導入したのです。もちろん定価5,000円の商品を4,500円程度の会員価格で割引販売するわけですから、採算を合わせなくてはなりません。そこでギフト問屋の川上に位置するメーカーとの、直接取引口座開設へコツコツと取り組みました。仕入れのバイイングパワーを増やし、他社との差別化を図ったのです。
またオリジナルカタログの制作、営業マンによる外商活動強化など、さまざまな角度から勝ちパターンを追求していった結果、業績は順調に伸びていきました。地方都市にありながら、年商50億円の収益を上げる成功企業に成長したのです。
VCからの出資と銀行融資:加速する拡大路線
その後、私は新規上場(IPO)を目指し始めました。当時「ギフト小売りのマーケットは2兆円」と言われていましたから、規模にして1,000億円程度の「産業」を作ってやろうじゃないかと考えたわけです。
そして2000年、ソフトバンク・インベストメントの北尾吉孝社長が日本経済新聞に「インターネットでビジネスする人を応援します」という広告を出稿されているのを見つけました。エントリーしてみたところ、書類審査を通過。北尾氏を目前にプレゼンテーションを実施し、最終的に1億2,000万円を出資していただくことになったんです。どういうプレゼンをしたかというと、「リアル」と「バーチャル」という言葉を駆使したんですね。「実店舗で成功してるビジネスを、インターネットで展開します」と。そうしたら「リアルの実績があるんだったら、インターネットでもできる可能性がある」と評価していただいたのです。
ソフトバンク・インベストメントに出資されたことで、他のベンチャーキャピタルからも注目され、合計4社から2億円の出資を受けました。都市銀行からもこぞって「可能性がある企業」と評価されたので、私がサインをすれば億単位の融資が即座に実行される状況が生まれたのです。徳島県で上場企業といえば地方銀行くらいという時代でしたから、周囲は呆気にとられていましたよ。
戦略ミスが招いた資金ショートと「30億円の負債」
多額の出資を受け、勢いづく中で、私はいつしか「売上至上主義」に陥っていきました。「売上が伸びていること=成功している」という錯覚に陥り、スピード違反を繰り返すドライバーのようになっていたんです。
具体的にどういうことだったかというと、店舗チェーン展開のセオリーを無視し始めました。「150坪程度の売り場」という基本オペレーションを遵守せず、「低家賃で450坪の売り場面積」という大型店舗に手を出してしまったのです。また、遠く離れた愛知県一宮市の不振店舗引き受け要請も受託してしまいました。
チェーン展開の鉄則は、点を線にし、線を面にすることです。コンビニエンスストアのように、配送や管理の効率を考えてドミナントを形成しなければなりません。その基本原則から外れた結果、不振を招くことになったのです。
現場がいくら努力しても、上層部の戦略ミスは修正できません。不採算店舗の赤字が響き、資金繰りは悪化。かつては「今日仕入れても130日後に支払えばいい」という手形サイクルにより、常に手元に残っていたキャッシュも、赤字から完全に底をつきました。負債が30億円に膨らんだ結果、信用不安が広がり、取引先から「手形は不可、現金の前金でなければ商品を納品しない」と迫られるなど、負のスパイラルに陥ったんです。
最も過酷な時期には、月末に1億円の手形を決済しなければならないのに、月初段階で「マイナス1億円」という絶望的な資金繰り表を前にすることもありましたよ。毎日20店舗の売上金を必死にかき集め、小切手を落とす午後3時に間に合わせる「五月雨作戦」を採用せざるを得ない……。そんなヒヤヒヤハラハラする、綱渡りの日々でした。
失敗から得た教訓:成長企業が備えるべき「自衛の仕組み」
振り返ると、成長企業のトップであった私が陥った最大の落とし穴は「売上と利益のはき違え」と「手元流動性の軽視」でした。いくら赤字でも、手元に現金があれば会社は潰れません。逆にどれだけ売上が伸びていても、資金がショートすれば一発でノックアウトになります。当時の自分に経営アドバイスをするとしたら、「売上より粗利や経常利益を第一のKPIにしなさい。そして流動性が高い手元の現預金を増やしなさい」と伝えますね。人件費も家賃も金利も、すべては粗利の中からしか支払えませんから。
また、企業が規模を拡大するフェーズにおいては、撤退ルールの明確な設定も必要となります。「新規事業や新店舗を出す際、3年以内に黒字化しなければ撤退する」とか「追加投資は何千万円まで」という基準を、あらかじめ設けておくべきだったのです。
こうしたルールは時に、オーナー経営者にとって耳の痛い内容ともなり得ます。しかし、それを聞き入れる度量は絶対に必要です。また、経営会議の場で「社長はやりたいでしょう。でも私は反対です」と、はっきり言ってくれる優秀なスタッフを確保しておくことは大切です。「人材は命」ですから。
自分がやりたいようにやりたいだけなら、目の届く範囲だけでやればいい。もっと大きくしたいのであれば、人材の「質」を重視し、他者の意見に耳を傾けなくてはなりません。「私が意思決定したらついてきて欲しい。しかし、あなたたちの意見はちゃんと聞く」。そうした姿勢を明確に示し、活発な意見交換が可能な空気を醸成することは、オーナー経営企業の自衛手段として有効なのです。
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