「定年後は、好きなことをして暮らそう」。大手企業で長年働き、退職金も含めて約6,000万円の老後資金を準備した男性。住宅ローンは完済、年金収入も潤沢、お金の不安はありません。しかし、退職からわずか半年後、松下さんの心には常に不満がくすぶり、なぜか満たされない日々を送るように。経済的に豊かなはずのシニアが、なぜこのような状況に陥ってしまうのか……。CFPの伊藤寛子氏が詳しく解説します。
「お父さん、一緒にいるのが恥ずかしい」…娘の痛烈なひと言。〈資産6,000万円〉65歳元エリート部長が震撼した“自分自身の恐ろしい変化”【CFPの助言】
「おもしろいな」…身近で見つけた、新しい自分の居場所
自分でもどうにもならない焦燥感や寂しさで、つい他人に強く当たってしまう松下さん。自分でも良くないとわかりながら、瞬間的に苛立つことが止められません。家庭内でも孤立し、鬱々と閉じこもりがちの日々を送っていましたが、転機が訪れます。
ある日、市の広報紙を眺めていると、近隣の大学が一般市民向けに開催している「歴史探訪講座」の案内が目に留まりました。若い頃から好きだった歴史小説やドキュメンタリー。受講料も数千円と手頃だったため、軽い気持ちで参加してみることにしたのです。
講座には同世代だけでなく、主婦や現役世代まで幅広い人が集まっていました。そこでは当然、誰も松下さんを“元部長”とは見ません。ただの一受講生です。講師の話に耳を傾け、知らなかった知識に触れ、参加者と意見を交わす。その時間は、松下さんにとって久しぶりの知的な刺激でした。
「知らないことを知るのは、おもしろいな……」
歴史講座をきっかけに、松下さんは史跡巡りにも興味を持つようになりました。京都、金沢、長崎など、歴史ゆかりの地を訪ねる旅を楽しむようになりました。
外の世界に新しい自分の居場所と関心が見つかると、不思議なほど、日常の小さなことに腹を立てることがなくなりました。旅先で見つけたお土産や、旅の思い出話を家に持ち帰ることで、家庭内での会話も少しずつ増えていきました。
老後資金だけでは人生は満たされない
松下さんのエピソードは決して他人事ではありません。特に、仕事に全力を注いできた人ほどリスクを秘めています。
老後資金を準備することは、間違いなく大切です。お金という土台がなければ、安心して新しい挑戦をすることもできません。しかし、お金は人生を豊かにするための手段であって、目的ではありません。そのお金でどんな人生を送りたいのかを描くこともまた、大切なセカンドライフへの準備です。
松下さんにとっても、お金は「老後のために貯めるもの」でした。しかし、今の松下さんにとってのお金は、「新しい学びを得るため、人生を豊かにする経験のために『目的を持って使うもの』」へと変わりました。
退職を迎える前に、あるいは迎えた後に、老後資金のシミュレーションとともに、「誰と関わりたいか」「何を学びたいか」「どんな時間を過ごしたいか」などを考えてみてはいかがでしょうか。お金の準備と一緒にこれからの人生を思い描くことこそが、本当に満たされたセカンドライフへの一歩となるでしょう。
伊藤 寛子
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)
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