「高いのはムダ」孫が覚えた口癖、妻がすべてを諦めた瞬間

「結婚30周年だし、久しぶりに温泉でも行かない?」

佳子さんがそう提案したとき、隆夫さんは即座に計算を始めました。

「近場の温泉旅館で1泊3万円。それを投資に回せば年5%で運用できる。10年後には……」

佳子さんは何も言いませんでした。

記念日の外食も同様でした。「家で作れば10分の1で済む」。小学6年生の孫の誕生日プレゼントも「どうせすぐ飽きる。安いので十分」――。

ある日、遊びに来た孫がぽつりと言いました。

「おじいちゃん、いつも"高いのはムダ"って言うね」
「だからね、母の日のカーネーション、買わなかったよ。すぐ枯れるからムダだってママに言ったの」

「……ああ、うん。賢いな」と、隆夫さんは一瞬言葉に詰まりながらも頭をなでました。

横で聞いていた佳子さんは、その瞬間、夫に期待することを完全に諦めました。もう二度と誘わない。温泉も、外食も……。彼女は不満をぶつけるタイプではありませんでした。静かに諦め、静かに離れていく。隆夫さんは、まったく気づきませんでした。

“家族のため”に始めた投資のはずが…いつしか“お金を貯めること”が目的に

若いころの隆夫さんは違いました。

「子どもたちには苦労させたくない」
「大学まで出してやりたい」

そんな温かい動機で投資を始めました。家族を守るために、コツコツと資産を積み上げたのです。そして、子どもたちも希望していた私立大学を卒業し独立、住宅ローンも完済しました。見事に「目的達成」したのです。

しかし、隆夫さんは止まりませんでした。いや、止まれなかったのです。「家族に苦労させない」ための「資産形成」が、いつの間にか「お金を増やす」ための「資産形成」にすり替わっていました。お金を増やすこと自体が目的になっていたのです。

定年が近づき、頼られることも、任される仕事も少しずつ減っていくなかで、唯一コントロールできるのが「資産額」でした。数字だけは、努力に応じて増えていきます。達成感を与えてくれました。1億円という目標だけが、彼を支えていました。