長引く物価高騰は、現役世代だけでなくリタイア層の暮らしにも大きな影響を与えています。十分な資金を持って都心のタワーマンションへ住み替えた高齢夫婦であっても、数年後に予期せぬ家計の危機に直面するケースは少なくありません。ゆとりある老後から一転して苦悩することになったある夫婦の事例を通して、老後の住まい選びに潜む落とし穴について見ていきます。
「この眺望、必要なかったな…」〈年金月32万円・資産1億円〉65歳定年夫婦。老後の贅沢で買った都心タワマン、5年後、“想定外の維持費”に絶望の日々 (※写真はイメージです/PIXTA)

理想的なリタイアメントと都心への憧れ

「1億円も貯めて、年金だってしっかりもらえるはずだったんです。それなのに、毎月の請求書を見るたびにため息が出るなんて思いもしませんでした」

 

木村健二さん(70歳・仮名)、陽子さん(68歳・仮名)夫婦は、当時の状況を振り返ります。7年前、健二さんは大手メーカーを65歳で定年退職しました。退職金を含めた金融資産は1億円に到達。さらに夫婦の年金受給額は、額面ベースで合わせて月約32万円。一般的な高齢者世帯と比較しても高い水準にありました。

 

それまで暮らしていた郊外の戸建て住宅は、子どもたちが独立したことで夫婦2人には広すぎました。庭の手入れや階段の上り下りも、年齢を重ねるごとに身体的な負担になっていたといいます。

 

「これからは買い物が便利で、大きな病院も近い都心に住もうと決めていました。だからこそ、コツコツと資産運用を進めてきた。そして、せっかく都心に住むのであれば、一度はタワーマンションの高層階に住んでみたいという気持ちもありました」

 

夫婦は郊外の自宅を約2000万円で売却し、自己資金を足して、都心の新築タワーマンションの28階、2LDKの物件を9500万円で一括購入しました。

 

「入居したばかりの頃は、窓からの景色を見て本当に感動しました。テレビでしか見たことがないような光景が、目の前に広がっている。毎日みても飽きることはありませんでした」

5年目に訪れた「想定外」の請求書

しかし、その生活は長くは続きませんでした。購入から5年が経過したころ、夫婦の元に届いた管理組合からの通知が、生活の前提を崩すことになります。

 

「管理費と修繕積立金の値上げ通知でした。物価高の影響もあるようで、今回の改定で、毎月の維持費が最初の1.5倍近くまで跳ね上がることになったんです」

 

購入時、毎月の管理費と修繕積立金の合計は約4万円でした。しかし、段階増額積立方式が採用されていたことに加え、近年の人件費や建築資材の高騰も重なり、改定後は毎月約6万5000円へと上昇しました。

 

さらに夫婦の負担となったのが、都心の高額物件ならではの固定資産税です。2017年の税制改正により、高さ60メートルを超えるタワーマンションでは高層階ほど固定資産税がやや高くなる仕組みが導入されていますが、木村さん宅の負担が大きい主因は、都心の新築高額物件であることでした。固定資産税と都市計画税を合わせた負担は、年間で約40万円に達していました。

 

「ただ住んでいるだけで年間118万円、月に直せば10万円近くが消えていきます。日々の生活費まで含めると赤字になる月も少なくありません」

 

総務省『家計調査 家計収支編 2025年平均』によると、高齢夫婦無職世帯の平均消費支出は月26万3255円。都心部での生活や医療費、交際費なども重なり、夫婦の支出は年金だけでは賄いきれなくなっていきました。

 

「最初はあんなに気に入っていた景色なのに、本当に必要だったのか……今では『この眺めのために毎月高いお金を払っている』と考えると、絶望でしかありません」