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「本部長」という鎧を脱いだ男の末路
東京都在住の山崎浩二さん(60歳・仮名)は、中堅建材メーカーの営業本部長を務めていました。最終的な年収は1,200万円。山崎さんは「定年後も再雇用制度で65歳までバリバリ働くのが当たり前だと思っていた」と当時を振り返ります。長年、組織の屋台骨を支えてきた自負があり、会社側も当然、自分を戦力として優遇し続けると信じていたのです。
状況が一変したのは、59歳の誕生日を迎えた直後の役職定年でした。本部長の席を降り、かつての部下が長を務める部署の「付」というポストに就くことになったのです。権限を失った山崎さんに対する周囲の扱いは、驚くほど冷ややかなものに変わりました。
「昨日まで私に伺いを立てていた課長たちが、相談なしに物事を決めるようになりました。それどころか、私が良かれと思ってアドバイスをしても『今の現場のやり方がある』『口を出さないでください』と一蹴されたのです。組織における自分の価値が、いかに役職に付随していただけだったかを痛感させられました」
プライドを深く傷つけられた山崎さんは、会社を見返すつもりで早期退職を選択しました。「これまでの実績があれば、他社でも顧問として迎えられるはずだ」という目算もありました。しかし、エージェントを通じて紹介された求人は、現役時代の年収の半分以下のものばかり。高収入を条件にすると、肉体労働に近い過酷な仕事が目立ちました。
「現役時代の功績は、あくまで会社の看板があってのものでした。山崎浩二という一個人の人間には、社会から提示される価値などほとんど残っていなかったのです」
退職後、山崎さんの生活は一変しました。現役時代は平日の夜も接待や会合で埋まり、土日もゴルフに出かける多忙な日々を送っていました。しかし、それらの人脈はすべて仕事上の利害関係で結ばれていたに過ぎませんでした。
「現役時代はあちらこちらからお誘いがあったのに、退職を機にピタッとなくなりました。届くのは広告メールばかり。誰からも必要とされない孤独感は、想像以上に堪えますね……」
ビジネスの第一線で活躍してきたこともあり、貯蓄はそれなりにあります。退職金も、早期退職で減額されたとはいえ、世間一般よりは十分に支給されました。経済的な不安はないはずです。しかし平日の昼間、リビングのソファに座ってテレビを眺めるだけの時間に耐えられません。近所の目が気になり、日中に外出することも躊躇われるといいます。
「家族には家族の生活があるので、私をかまってはいられません。まるで自分が透明人間になった気分ですよ」