(※写真はイメージです/PIXTA)
正当な退去理由
入居当初こそアキラさんは穏やかに過ごしていました。しかし、環境の変化が認知症の進行を加速させたのか、入居から1年が経過するころ、事態は急変します。
アキラさんは認知症の周辺症状(BPSD)を発症。夜間に自室を抜け出し、制止するスタッフに怒鳴り声を上げ、ほかの入居者を罵倒するようになったのです。「俺はいままで散々我慢してきたのに!」「お前らだけずるい!」「お前らなんて死んじまえ!」などと、と暴言を吐くこともありました。現場スタッフのあいだではアキラさんへの対応が大きな負担に。ほかの入居者の家族からも「怖くて共有スペースに行かせられない」といったクレームが相次ぐ事態となりました。
そしてついに施設側は、アキラさんへの退去勧告をマサノリさんに突きつけたのです。「共同生活の維持が困難」という、介護現場では正当とされる退去理由でした。
戻る場所のない絶望
電話を切ったあと、マサノリさんは呆然と座り込みました。
父を実家に連れて帰ろうにも、家はもうありません。新しい施設を探そうにも、すぐに見つかるかもわかりませんし、アキラさんの月15万円という年金では、手厚いケアを受けられる施設への住み替えなど不可能です。
「どうしよう、実家売っちゃった……」
実家を入居金に充てるという選択が、親子の退路を完全に断ってしまったのです。
介護サービスは「無限」ではない
こうした「施設からの退去勧告」は、珍しいことではありません。厚生労働省が実施した「令和4年度 介護サービス施設・事業所調査」などの公的データにおいても、介護職員の不足感は依然として高く、特に認知症の重度者や困難事例への対応が、現場の大きな負担となっている実態が浮き彫りになっています。職員不足によるサービス品質の維持が難しくなるなかで、他入居者の安全確保を優先せざるを得ない施設側が、やむを得ず退去を求めるケースが増えているのです。
マサノリさんは現在、仕事を休職し、一時的に父を引き取って同居介護を模索するしかなくなりました。安易に実家を売却する前に、自治体の支援制度やリバースモーゲージなどの代替案を検討すべきだったのかもしれません。介護サービスが「無限ではない」という現実を前に、私たちは「施設に入れれば最後は安心」という前提、多角的な防衛策を練る必要があります。
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