老後の安定を支える年金制度。少しでも受給額を増やそうと「繰下げ受給」を検討する人が増えていますが、あえて「65歳から」という基本通りの選択をしたことで、期待以上の幸福を手にするケースも存在します。制度上の損得勘定だけでは推し量れない、シニア世代のリアルとは?
「65歳で即受給が正解でした」〈月収20万円〉を手にする68歳エンジニアが、年金の繰下げをしなかった自分を自画自賛する納得の理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

65歳で年金受給開始の理由

松本和夫さん(68歳・仮名)は、3年前に65歳で定年を迎えた際、迷うことなく年金の受給手続きを行いました。当時の松本さんは、勤務していた精密機器メーカーに再雇用され、月々20万円の給与収入を得ることが決まっていました。

 

「当時は周りから、仕事があるなら年金は繰下げて増やしたほうがいいと言われました。でも、私は最初から65歳でもらうと決めていたんです。理由は、単純に『手元に現金が欲しかったから』。それだけです」

 

松本さんは、特別な困窮があったわけではありません。しかし、エンジニアとして長年プロジェクトを管理してきた経験から、不確定な未来の増額よりも、現在の確実な手元資金を重視しました。

 

「仕事で20万円稼いでいても、それはあくまで生活を維持するためのもの。そこに月18万円の年金が加われば、安心が生まれる。もし70歳まで待てば額面は増えますが、それまでの5年間は『給料だけでやりくりしなきゃ』と思うでしょう。心の余裕がない状態が嫌だったのです」

 

65歳から受給を開始した松本さんは、給与を食費や光熱費などの固定費に充て、年金はすべて「予備費」として貯金に回しました。この運用が、思わぬ形で功を奏します。受給開始から1年後、趣味の登山仲間が70歳まで受給を遅らせ、ようやく増額された年金を手にし始めた矢先に重い持病を患い、活動を断念したのです。

 

「その彼が、『増えた年金を一度も楽しみに使えていない』とこぼすのを聞いて、自分の選択を再認識しました。私はこの3年間、年金をもらって余裕が生まれたことで、躊躇なく趣味も楽しめた。給料の20万円だけでは、ここまでアクティブには動けなかったはずです」

 

松本さんは現在68歳。週3日の勤務を続けながら、毎月の年金を使い切るような生活を楽しんでいます。

 

「もし繰下げていたら、受給開始を待ち遠しく思っているんでしょうね。もしかしたら、それはそれで『年金が増えてよかった』と思うかもしれません。しかし、それもわからない。私にとっては『65歳からの受給』が正解だったんです」