「帰ればいつでも迎えてくれる場所」として、多くの人が拠り所としている“実家”。しかし、高齢親にとっての実家は老いと戦いながら維持し続けなければならない「生活の拠点」です。内閣府「令和3年度 高齢者の日常生活・地域社会への参加に関する調査」によれば、別居している子と「月に1回以上」接触がある高齢者は約半数。この「疎遠な時間」が積み重なったとき、親子間の関係は変容していることも……。今回は、年金暮らしを送る親と自由奔放な子との“実家をめぐる衝突”をみていきます。
玄関の鍵が替えられていた…「もう、あなたの帰る家はない」年金月19万円の60代夫婦、3年ぶりに実家へ帰ってきた36歳息子に突きつけた〈冷ややかな宣告〉と実家の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

母が息子を家に入れない理由

「……あんたね、胸に手を当てて考えてごらんなさい。自分がなにをしたのか。わかるでしょう」

 

怒りに声を震わせて、母は言いました。

 

「……」

 

実は、仕事のストレスから、パチンコ通いをしていたリョウタさん。気づけば資金は底をつき、生活費さえも足りない状態に。困ったリョウタさんが手を染めたのは、親の信頼を利用した裏切りでした。

 

数年前の帰省時、スマホ操作に不慣れな両親に頼まれ、共有のアカウントでAmazonの設定を手伝ったことがありました。リョウタさんはその際、自分のスマホに親のクレジットカード情報を保存したままにしていたのです。

 

最初は数千円の生活備品を買う程度でしたが、次第に罪の意識が薄れていきます。換金性の高いゲーム機やブランド品を親のカードで決済し、それを転売してパチンコの軍資金に充てるようになりました。

 

両親が気づいたのは、カード会社からの「利用限度額超過」の通知でした。夫婦は月19万円の年金で暮らす無職世帯。身に覚えのない数十万円の請求に、ITに疎い両親はパニックになり、最終的にリョウタさんの仕業だと突き止めたとき、父親はショックで寝込んでしまったのです。

 

「とりあえず帰れば、なんとかなるだろう」と思っていたリョウタさんですが、現実はそう甘くはありませんでした。母が替えたのは玄関の鍵だけでなく、リョウタさんに向けられていた「親心」そのものだったのです。

実家の現実

リョウタさんの事例は、子世代が抱きがちな「実家への甘え」と、親世代が直面している「老後の現実」の乖離を示しています。

 

厚生労働省の「令和5年国民生活基礎調査」では、高齢者世帯の所得の約6割が年金であり、生活が「苦しい」と感じている世帯は約半数にのぼります。月19万円程度の年金で暮らす高齢母にとって、古い一軒家の維持(固定資産税、修繕費、光熱費)は、それだけで生活を圧迫する大きな負担です。リョウタさんが親のカードで決済していた数十万円は、両親にとっては数年分の修繕積立金や、病気に備えた医療費でした。

 

実家には、子どもがいつでも帰ってこられる場所を維持するという意味合いも強いものでしょう。しかし、現代の長寿社会において、その目的は自分自身の最低限の尊厳(屋根がある生活)を死守することへと変化しています。リョウタさんの親にとって、わが子は「守るべき対象」ではなく、自分たちの老後を脅かす存在になってしまっていました。鍵を電子錠に替えたのは、物理的な防犯以上に、「もうあなたに振り回される人生は終わらせる」という、決別の意思表示だったのかもしれません。

 

また、親子間での「デジタル共有」は便利ですが、今回のようなカード情報の悪用や、勝手なサブスクリプション契約などは、発覚した際に関係を修復不可能な状態まで破壊します。

 

息子の3年分の不在と裏切りは、どんな最新の合鍵でも埋めることはできなかったようです。