医師の開業にメスを入れる「医師偏在対策」
2025年、医療法の一部が改正されることとなり、ついに医師の開業に法規制が入ることになりました。これまでは一切制限がなかった医師の開業について、非常に大きな転換点を迎えようとしています。
具体的には、政府が進める「医師偏在対策」の一環として、2026年4月より、クリニック開業に影響する規制が順次施行されることになります。今回の規制では、単なる努力義務や倫理規定にとどまらず、一定の条件付与やペナルティを伴うという点で、これまでとは異なるドラスティックな改革といえるでしょう。
「クリニック開業規制」とは
医療法改正の一部として、「医師の偏在是正対策」が挙げられます。その具体的対策として、厚生労働省より「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」が発表されました。本格的な施行は2027年からですが、前年(2026年)4月より順次施行されることとなっています。
本規制の肝は、東京23区や大阪市等医師が過剰に集中した「外来医師過多区域」における新規開業に対して、強力な介入が行われる点です。
1.新規開業の厳格化
外来医師過多区域にて新たに開業を行う場合、開業の6ヵ月前までに、都道府県に提供予定の医療機能等を記載した届出を提出する必要があります。
そのうえで都道府県は、地域で不足している医療機能(在宅医療、夜間や土日の初期医療、公衆衛生)の提供を医療機関に要請することができることになりました。この要請自体に法的な義務はありません。
しかし、医療機関が要請に従わない場合、都道府県は①保険医療機関の指定を6年ではなく3年とする、②医療機関名の公表を行う、③補助金の不交付を決定するなどの措置を行うことができます。
医療機関の開業にあたり、都道府県がこうした権限を有することによって、開業自体が禁止されるわけではないものの、「地域医療に協力しない医療機関」として公表されるペナルティが検討されているのです。
これに該当すると、地域医師会との連携や病診連携に大きな悪影響をおよぼすでしょう。
2.管理者要件の加重
また、保険医療機関の管理者となるための要件についても、新制度で加重されることとなりました。医師少数区域等では要件適用に配慮があるため、一律の適用とならない可能性もありますが、これまでの要件が厳格になったことから、若手医師のキャリア形成に影響をおよぼすことは間違いないといえるでしょう。
規制によって生まれる「よい点・悪い点」
法規制の変更は、市場に「歪み」と「機会」の双方をもたらします。本規制がもたらす影響について、特に新規開業の立場からみた最大のメリット・デメリットを分析します。
メリット……キャリアプランの多様化
一見すると不利な点ばかりが目立つ新規参入ですが、各医師の多様なキャリアプランについては、これを後押しするものと評価できるでしょう。たとえば、これまで「地方での開業は採算が立たない」とあきらめていた医師にとって、本規制は追い風です。
本規制では、外来医師過多区域での開業にハードルを設ける一方、医師不足のエリア(特に「重点医師偏在対策支援区域」とされるエリア)で働く医師に対しては、①経済的インセンティブ、②全国的なマッチングの支援、③リカレント教育の支援、④大学病院との連携などのインセンティブを設ける取り組みをしています。
デメリット……キャリア形成の制約と経営自由度の喪失
最大の懸念は「開業地選択の自由」の大幅な制限です。
希望するエリアが「外来医師過多区域」であれば、クリニック開業のための要件、管理者になるための要件を満たす必要があり、自身の医師としてのキャリアやワークライフバランスに大きな影響を与えます。
開業前に押さえておきたい「規制」のポイント
法改正の過渡期において、現在勤務医である皆様が採るべき法的・実務的対策は以下の3点に集約されます。
①キャリア選択と法規制の流れをつかむ
まず行うべきは、自分が今後どのようなキャリアを歩むべきかという人生設計です。今回の法改正によって、国は「医師の開業の自由を制限しても、医療リソースの地方分配を重視する」方向に大きく舵を切ったといえます。
現時点ではまだ施行中の段階であり、今後の変更も想定されますが、大きな方向性についてはこのまま進むこととなるでしょう。
今後、都市部で厳しい競争を勝ち抜いていくのか、地方で医療提供に貢献しつつインセンティブを受けるのかという選択は、自身のキャリアのみならず、ワークライフバランスや家族の将来にも大きくかかわることとなります。
② “駆け込み開業”に伴う契約リスクの管理
「規制施行前の“駆け込み開業”=焦燥感に基づく拙速な契約」は、法務リスクの温床です。今後さらに規制が定まっていくにあたり、下記のような事例が急増することを懸念しています。
■物件確保を急ぐあまり、賃貸借契約における不利な特約(法外な解約違約金、原状回復義務の広範化、定期借家契約の再契約拒否条項など)を見落とす
■建築基準法・消防法等の法令確認が疎かになる
規制回避を優先するあまり、将来に禍根を残す契約を締結しては本末転倒です。必ず弁護士等の専門家によるリーガルチェックを経たうえで、冷静に判断しましょう。
③「第三者承継(M&A)」という選択肢の優位性
新規開業への規制が厳格化するなかで、法的解釈上、相対的に有利となるのが「事業承継(M&A)」です。既存の医療法人や個人クリニックを承継する場合、新規開設とは異なる法的枠組み(開設者の変更届出等)で処理されます。そのため現時点では、事業承継(M&A)であれば規制の対象外となる、あるいは要件が緩和される可能性が高いといえるでしょう。
ゼロからの開設に固執せず、承継案件を模索することは、規制の壁を適法かつ円滑にクリアする高度な経営戦略となり得ます。
ただし、承継には「簿外債務」や「労務トラブル」の引継ぎリスクも伴うため、法務・財務のデューデリジェンスが必須でしょう。
開業規制は医療業界をどう変える?
今回のクリニック開業規制は、これまで「自由放任」だった日本の医療提供体制を制限する大きな変更といえるでしょう。
本規制から、国は「開業の自由を制限してでも、医療の適切な分配が必要」と考えていることがわかります。これからこの流れは、より強化・具体化される可能性が高いです。
今後、厚生労働省より発出される政省令や通知によって、細部のルールが確定していきます。そのため、適切なキャリア形成の第一歩として「一次情報に基づく正確な法知識を持つこと」が大切です。
激変する医療界を生き抜くためには、医師としての卓越した「診療技術」はもちろん、制度の理解や法的リスクを読み解く「法務リテラシー」が必要となるかもしれません。
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著者:寺田 健郎
弁護士法人山村法律事務所 弁護士
提供:© Medical LIVES / シャープファイナンス
