(※画像はイメージです/PIXTA)

ほとんどの医師は、質の高い医療を提供するために、学会参加や論文執筆などといった自己研鑽を行っています。医療の進歩は速く、常に情報をアップデートしていなければ患者の不利益に直結する可能性もあるでしょう。しかしながら、そうした必要不可欠な努力が「労働時間」として認められることはありません。そこで今回、“やりがい搾取”が常態化している医療業界の現状と、その労働環境を改善する方法について、現役の開業医である武井智昭院長が考察します。

医療を支える「自己研鑽」の曖昧な境界線

「医師の仕事は、診療時間だけで終わらない」

 

——これは医療従事者であれば誰もが知る真実でしょう。日々の診療に加え、最新の知識や技術をアップデートするための自己研鑽(学会参加、論文執筆、勉強会、専門医資格の取得や維持のための学習など)は、患者に質の高い医療を提供するために不可欠な活動です。

 

医療の進歩は速く、学びを止めれば患者の不利益に直結します。しかし、この「不可欠な活動」の多くが、労働時間として認められていないという現実があるのです。

 

果たして、これは医師個人の無償の努力として片付けてよい問題なのでしょうか? 現代の働き方改革の流れで、この曖昧な線引きは無自覚の搾取を生み出していないか、現役開業医としての立場から考察します。

 

■病院勤務医「自己研鑽」の現状

病院勤務医にとって、自己研鑽は多くの場合、診療時間外に行われます。終業後や休日を利用した学会や研究活動が、昇進・昇給につながるかどうかは所属医療機関によります。
活動時間や費用は「自己投資」の名のもとに、給与に含まれない慣習が根付いています。

 

■開業医「自己研鑽」の現状

一方、私のような開業医は、病院勤務医と比べると時間の自由度が高いといえます。診療時間や休診などを調整することで、自己研鑽の時間を確保しやすい側面があります。自己研鑽の結果、提供できる医療の質が上がり、それが直接的に経営や収入に反映されるため、「投資」としての側面は勤務医と比べて明確です。

 

しかし、これはあくまで「経営者」としての視点であり、多くの若手医師がキャリアをスタートさせる病院勤務医の環境を、この「自己責任論」で覆い隠すことはできません

医療業界にはびこる“悪しき慣習”の根本原因

長年にわたり、日本の医療業界では「患者さんのために」という強い倫理観のもと、「自己研鑽=無償の努力」という慣習が、半ば美徳のように扱われてきました

 

この根深い慣習が、現代の医療現場に深刻な弊害をもたらしています。

 

■労働環境の特殊性と「自己犠牲」の強要

勤務医の労働時間は、日勤に加えて当直勤務(宿直や日直)があり、これが不規則かつ長時間労働の大きな原因となっています。当直明けもそのまま通常業務に入るなど、身体的な負担は極めて大きいのが実情です。

 

また、近年では当直明けの勤務免除や有給休暇を取得できる病院は増加傾向にあります。しかし依然として「医師が休むと医療が回らない」という認識から、有給取得も“申し訳ない行為”として捉えられがちです。

 

特に若手医師は、多忙な上司・同僚に迷惑をかけることを恐れ、本来の権利を行使できない状況が散見されます。

 

働き方改革が叫ばれつつも、現場では医師個人の「献身」と「自己犠牲」に依存した運用が続いており、真の意味での労働環境改善や、自己研鑽のための時間確保の実践には至っていません。

 

■研鑽が長時間労働と過労の温床に

この過酷な労働環境に加えて、診療後の疲れ切った体で研究や学習に時間を費やすことは、医師の長時間労働を常態化させ、過労のリスクを極限まで高めます。

 

これは、結果として医療ミスにつながりかねない、患者安全の観点からも問題です。

 

■若手医師の離職リスクとキャリア断念

無償で膨大な時間を求められる自己研鑽、過酷な当直勤務と有給すら取りづらい環境は、キャリアを続けるうえでの大きな精神的・経済的負担となります。

 

「燃え尽き症候群」や離職のリスクを高め、学ぶ意欲のある若手が過酷な労働環境により専門医・指導医のキャリアを断念する現況もあり、日本の未来の医療にとって改善すべき項目です。

 

■組織としての「質の担保」への無関心

病院側が自己研鑽を労働時間として扱わないことは、医師個人の努力に任せきりという組織としての質の担保への無関心を示しているともいえます。

 

本来、病院が提供する医療の質を高めるための活動は、組織全体で支援・評価されるべきものです。

自己研鑽という名の“やりがい搾取”をなくすために

医師の自己研鑽が「無自覚の搾取」とならないために、私たちはこの慣習を現代の労働基準にアップデートする必要があります。

 

すべての自己研鑽を労働時間とするのは現実的ではありませんが、病院や診療科が提供する医療の質を維持・向上させるために必須と定める活動(例:学会参加、指定された専門医資格維持のための研修など)については、明確に労働時間の一部として認める制度設計が必要でしょう。

 

一例として、時間・費用の補助について考えてみましょう。

 

学会参加費、旅費、宿泊費などの費用を全額または一定割合補助し、さらに参加時間の一部を「労働時間」とカウントし、給与が支払われるといった支援制度があれば、労働環境の改善や若手医師の離職リスク低減に役立つのではないでしょうか。

 

もちろん、労働基準法や厚生労働省のガイドラインにおいても、「業務上必須とされる自己研鑽」の明確な定義と判断基準を設ける必要があります。

 

■当直勤務と研鑽時間への配慮

過重労働の原因となる当直勤務後の業務軽減(当直明けの半日休暇の徹底など)を進め、自己研鑽に充てる体力・時間を確保する必要があります。

 

また、当直明けの自己研鑽についても、時間的な配慮や補助を検討すべきです。

 

■キャリア成長と連動した評価制度

自己研鑽の成果(学会発表、論文、資格取得)を、賃金や昇進に公平かつ透明性をもって反映させる評価制度を構築すべきでしょう。

 

これによって評価制度が経済的な動機づけとなり、無償の努力という負担感を軽減します。

 

■開業医も含む税制優遇の検討

開業医や勤務医を問わず、医療の質向上に直結する自己研鑽の費用(学会・研修の参加費、交通費、書籍代など)に対する税制上の優遇措置を拡充し、「自己投資」の負担を社会全体で軽減する仕組みも重要です。

医療業界は「現代へのアップデート」が必須

医師の自己研鑽は未来の医療への投資であり、患者の命と健康を守るための最も重要な活動です。しかし、これが医師個人の善意美徳、そして自己犠牲に依存し、「無償の努力」として慣習化している現状は、持続可能性に欠け、医療人材の疲弊を招いています。

 

現代の働き方改革の波は、過酷な当直勤務や有給取得の困難といった現場の実情を踏まえ、医療業界にも真の変革を求めています

 

私たちは、自己研鑽と労働の境界を明確化し、”やりがい搾取”ではなく「成長支援」へとパラダイムシフトしなければなりません。

 

医師が無理なく、経済的な不安なく、そして健康的に成長し続けられる仕組みを構築すること——これこそが、日本の医療の質を未来永劫維持していくための、最も賢明な「投資」となるのです。

 

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著者:武井 智昭

高座渋谷つばさクリニック 院長

 

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