父を亡くし、地方で一人暮らす78歳の母を案じる長男の山村さん(52歳・仮名)は、実家を売却して呼び寄せ、同居することに。安全面も、資金面でも不安は解消し、「親孝行ができた」と信じていました。けれど同居後、母は遠慮が増え、日に日に元気を失っていきます。良かれと思った親孝行は、本当に母の幸せにつながっていたのか。正解がない問題だからこそ、双方の後悔を小さくするためにできることはなにか、CFPの伊藤寛子氏が解説します。
もう安心だからね…年金約12万円・78歳母を東京に呼び寄せた長男。“最善の選択”が一転、「笑顔の消え失せた顔」に苦悩【CFPの助言】
同居後に起きた“想定外の変化”
都内の自宅の一室を母の個室として整え、引越し当日。妻や孫たちに囲まれた賑やかな食卓に、山村さんは「これで母も安心できる。自分も親孝行ができた」と、胸をなでおろしていました。
ですが、母親の様子は少しずつ変わっていったのです。
ある日、スーパーへ買い物に行こうとする母に、山村さんは何気なく声をかけました。
「お金は俺が出すから、必要なものがあれば何でも言ってよ」
母は一瞬、言葉を失い、力なく笑ってそれ以上何も言わなくなりました。
かつて母は家計を預かり、自分の判断で買い物をしていました。それが今では、何かを買う度に、息子の許可を得るような感覚に陥っていたのです。
「お世話になってるんだから、迷惑をかけないようにしないと」
それが母の口癖になりました。台所に立とうとすれば妻に気を遣い、リビングに居れば孫の勉強の邪魔かと自室に引きこもる。母の居場所は、わずか数畳の個室だけになっていきました。
さらに、追い打ちをかけたのが「孤独」でした。
近所付き合いが当たり前だった田舎とは違い、都会のマンションでは隣人の顔も知りません。挨拶をしても怪訝な顔をされることすらあります。
畑仕事も、近所の寄り合いも、すべてを失った母の居場所は家の中だけになっていき、一日中テレビの前で小さくなって過ごすようになりました。
「帰る場所」を失ったという後悔
実家は売ったものの、先祖代々の墓は地元に残したままです。お盆が近づいたある夜、母がぽつりとこぼしました。
「私、あのお墓にちゃんと入れるのかしら。家を売って、近くでお墓を守る人がいなくなっちゃった。お父さんにも申し訳なくてね……」
墓参りに行く気力も体力も衰えた母にとって、「自分の帰る場所」を失ったという後悔になっているように感じられました。
「迷惑をかけてはいけない」という思いに縛られ、息子の家庭に気を遣いながら縮こまって生きる母。小さくなっていく母の背中を見て、山村さんは自問します。
「母を救ったつもりで、母の人生を奪ってしまったのではないか」
「これで、本当によかったのか……」