「お前は心配しなくていい」——亭主関白な夫を信じ、お金のことはすべて任せてきた妻。しかし夫の急逝後、その言葉の裏に隠れていた現実が次々と明らかになります。本記事ではFPオフィスツクル代表・内田英子氏が、Aさんの事例とともに、遺族年金・相続の際の注意点について解説します。
年金事務所「あなたに遺族年金はありません」…65歳夫の急逝で発覚した“10年の空白”。60歳妻が遺族年金を受け取れず、〈貯金ゼロ〉で再出発した理由【FPが警鐘】
お金について教えてくれなかった夫
「お金のことは、ちゃんとやってる。お前は心配しなくていい」
それが夫・佐藤誠さん(仮名/享年65)の口癖でした。妻の良子さん(仮名/60歳)が家計やお金のことを尋ねても、誠さんは決まってそういって話を切り上げます。晩婚で一緒になるのが遅かった二人でしたが、昔気質で亭主関白な夫を、良子さんは頼もしく思い、お金のことはすべて任せきりにしていました。
しかしある朝、誠さんは心筋梗塞で突然この世を去ります。夫は65歳になり、年金の受け取りが始まったばかり。ようやくこれから生活が少し楽になると話していた矢先の出来事でした。深い悲しみのなか、良子さんを待っていたのは、これからの生活設計が根底から覆る現実でした。
亡き夫の厚生年金加入歴、10年間の空白
誠さんはかつて小さな会社を経営していました。しかし約10年前、事業を縮小し、法人を畳んで個人事業主に切り替えていたのです。記憶をたどると、確かに健康保険証が変わったことはありました。しかし良子さんは、それが夫の厚生年金資格や事業形態の変更と結びついているとは考えていませんでした。夫が法人を畳み、個人事業主として仕事を続けていたことの意味を、良子さんは十分に理解していなかったのです。
年金事務所で良子さんが告げられたのは、衝撃的な事実でした。遺族年金は支給されないというのです。良子さんは、当然、遺族年金を受け取れるものと思い込んでいました。
まず、「遺族厚生年金」を受け取れるかどうかは、死亡時の加入状況や過去の厚生年金加入歴、受給資格期間などによって判断されます。ただし、すでに老齢厚生年金を受け取っていた人が亡くなった場合でも、残された配偶者に遺族厚生年金が必ず支給されるわけではありません。老齢厚生年金の受給権者等の死亡による遺族厚生年金では、保険料納付済期間、保険料免除期間、合算対象期間、65歳以降の厚生年金保険の被保険者期間を合わせて25年以上あることが必要です。
誠さんは10年前に会社を畳んだ時点で厚生年金を抜け、その後は60歳まで国民年金の第1号被保険者として保険料を納める立場になっていました。さらに確認すると、過去の厚生年金加入歴は5年程度であり、国民年金の保険料納付済期間などを合わせても、遺族厚生年金につながる要件を満たしていませんでした。2017年に本人の老齢年金の受給要件は10年に短縮されましたが、遺族年金の要件は25年のままになっているため、夫本人は受給要件をクリアしたものの、妻の遺族年金は受給要件をみたしていないという結果となってしまったのです。
次に、遺族基礎年金について。遺族基礎年金は、国民年金から支給される遺族への給付ですが、原則として18歳年度末までの子、または一定の障害状態にある20歳未満の子がいる配偶者などが対象です。子のいない良子さんは、その対象外でした。
なお国民年金には、一定の要件を満たす妻に60歳から65歳まで支給される寡婦年金や、一時金として支給される死亡一時金という制度もあります。しかし、いずれも亡くなった人が老齢基礎年金や障害基礎年金を受けたことがある場合には対象外です。誠さんは65歳になり、老齢基礎年金の受け取りが始まっていたため、良子さんはこれらも受け取ることができませんでした。
良子さんは頭の中が真っ白になります。