俊子さんが選んだ道、そして私たちが学ぶべきこと

弁護士は俊子さんに二つの選択肢を示しました。 一つは、保険金1,000万円で借金を返済し、持ち家と預貯金を相続する方法。もう一つは、相続放棄をして借金を引き継がず、保険金だけを受け取る方法です。ただし、後者の場合は持ち家を手放すことになります。

「保険金で借金を返済すれば、家は残ります。でも、手元に現金はほとんど残りません。それに、本当にこれで借金のすべてなのか、現時点では完全には確認できないのです」

弁護士の言葉に、俊子さんは不安を感じました。もし他にも借金があれば、保険金を使い果たした後にさらなる請求が来る可能性があります。

一方、相続放棄をすれば、借金の心配から完全に解放されます。保険金1,000万円は、相続財産ではなく受取人固有の財産なので、相続放棄をしても受け取れます。家を失っても、確実に1,000万円の現金が手元に残るのです。

家族で相談し、俊子さん親子は相続放棄をすることを決断しました。そして、弁護士の助言に従い、和之さんの姉(俊子さんにとっての義姉)に事情を説明し、相続放棄をすることを伝えました。

というのも、俊子さんと息子たちが相続放棄をすると、次は和之さんの両親、両親が亡くなっている場合は和之さんの兄弟姉妹に相続権が移るからです。そのため、相続放棄を検討する際は、次の順位の相続人にも必ず連絡を取り、事情を説明しなければなりません。義姉も同様に相続放棄の手続きをすることで、最終的に誰も借金の返済義務を負わないことになります。

専門家と家族の力を借りながら、なんとか手続きを終えた俊子さん。持ち家を手放した後は、家賃の手頃な高齢者向けの賃貸住宅に入居しました。安堵したように、こう語ります。

「年金は月12万円、保険金もあるし、節約を頑張ればなんとか息子たちに迷惑をかけずに生活できそうです。夫が借金のことを秘密にしていたことはいまだにショックですが、保険金を受け取れているのも夫のおかげ。あまり責めることはできませんね」

金銭面の共有・保険の重要性を認識する

相続のスケジュールは非常にタイトで、家族が亡くなったとき、悲しみの中でも冷静に資産と負債を把握し、3ヵ月という期限内に判断する必要があります。

相続放棄は借金を一切引き継がずにすむため、把握しきれない借金がある場合や高齢者の生活を守りたい場合には有効な選択肢です。とはいえ、どうすればいいかはケースバイケースですので、弁護士などの専門家に早めに相談しましょう。

また、大前提として、夫婦間で金銭面はしっかりと共有しておくことが大切です。自分が生きているうちは借金の存在を隠せても、万が一のことがあった時に遺族を混乱させ、場合によっては大変な事態を招く可能性もあります。

そして和之さんが遺してくれた保険金が、俊子さんの新しい人生の支えになったように、万一に備えた保険の重要性も改めて認識しておきたいものです。

松田聡子
 CFP®