定年延長に再雇用、長寿化などを背景に、年金繰下げ受給を検討する人が増えています。しかし、年金繰下げ受給に“深い落とし穴”が潜んでいることはご存じでしょうか? 安易な繰下げ受給は「こんなはずじゃなかった」という後悔を招くこともあるため、決断には注意が必要です。年金受給開始時期を70歳まで繰り下げた元会社員・大森さん(仮名)の事例をもとに、年金繰下げ受給の仕組みと注意点をみていきましょう。
58万円のはずでは…年金支給日の朝9時、銀行ATM前で通帳を手に立ちすくむ70歳男性。5年間の年金繰下げ→念願の初支給日に判明した〈年金ルール〉の落とし穴【CFPが警鐘】
年金事務所職員から告げられた「まさかの事実」
「大森さまは、総報酬額と年金額の合計が51万円を超えていたため『在職老齢年金』の対象となります。そのため、支給停止となった厚生年金分は繰下げ増額の計算に含まれないのです」
さらに職員は続けます。
「繰下げによって年金額が増えると、税金や社会保険料の負担も増えることがあります」
大森さんは記憶を必死にさかのぼりました。すると、繰下げ手続きのため年金事務所を訪れた際、確かに担当者が在職老齢年金や税負担の話をしていたような気がしてきます。
しかし、大森さんはそこで「なんだか話が小難しくてめんどうだな」と感じ、聞き流してしまっていたのです。
年金減額が間違いではなかったと知った大森さんは、通帳を握りしめたまま深いため息をつきました。
繰下げ受給に立ちはだかる「在職老齢年金」の壁
年金の繰下げ受給とは、老齢基礎年金や老齢厚生年金の受給開始時期を65歳よりも後に延ばすことで、受給時の年金額を増やす制度です。1ヵ月繰り下げるごとに0.7%ずつ増額され、70歳まで繰り下げると42%の上乗せとなります。
内閣府「高齢社会白書(令和7年版)」によると、日本の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳と、前年比ほぼ横ばいとはいえ、引き続き世界最高水準です。こうした長生きリスクに備えるため、65歳以降も働いて収入を確保し、年金を繰り下げる人も少なくありません。しかし、繰下げを選択する際には「在職老齢年金制度」との関係に注意が必要です。
この制度は、65歳以上でも働いて給与や賞与を受け取っている人に対し、一定以上の所得がある場合に年金の一部を支給停止とする仕組みです。
具体的には総報酬額と本来の厚生年金月額の合計が51万円を超えると、超過分の2分の1が支給停止となります。
今回の大森さんのケースでは、65歳時点の老齢厚生年金が16万円、総報酬月額が50万円でした。
これを計算すると、
支給停止額=(50万円+16万円-51万円)÷2=7万5,000円
つまり、厚生年金16万円のうち7万5,000円が支給停止となります。
そしてこの支給停止部分は、繰下げ受給による増額の対象外となるのです。
![[図表]年金繰下げ受給時の増額割合早見表 出典:日本年金機構年金の繰下げ受給](https://ggo.ismcdn.jp/mwimgs/d/d/540mw/img_dd8ac5e97a2b570a4ddaf903dccdeda931313.jpg)
