房江さんが冷静に伝えた事実

それを聞いた房江さんは、冷静にこう告げます。

「いろいろと調べてくれてありがとう。でも悪いわね、良子さん。夫が遺言書を残しているのよ。『財産の半分は私に、残りは夫が晩年ボランティアに通っていた児童養護施設に寄附してくれ』って。だから、勇樹くんに渡せる分はないの」

「はあ、そんな勝手なことさせないわよ!」

激昂する良子さんは、次にこう騒ぎ立てます。

「たしか、遺留分があるはずよ」

そこで、すかさず勇樹さんが口を挟みます。

「母さん、遺留分は兄弟姉妹には認められないんだよ。だから、遺言書があるなら俺が正一おじさんの遺産をもらう権利はないんだ」

自分の味方だと思っていた息子に諭された良子さん。

「なによ、みんなして……」と、顔を真っ赤にして俯くしかありませんでした。

子のいない夫婦の相続の注意点

子のない夫婦の場合、遺産のすべては配偶者が相続できるものと思いがちですが、法律的には死亡した人の両親、祖父母や兄弟姉妹も相続人となります。

親が存命の場合、遺産の法定相続割合は、配偶者が2/3、親が1/3です。親がすでに死亡していると、相続権は兄弟姉妹に移ります。その場合の法定相続割合は、配偶者が3/4、兄弟姉妹が1/4です。

そして、両親と兄弟姉妹が死亡している場合、兄弟姉妹の子である、甥や姪にあたる人が代襲相続人となり、本来の相続人(この場合、卓さん)が受け取るはずだった法定相続分を引き継ぐことになります。

今回の事例の場合、正一さんの両親はすでに死亡しているため、相続権は正一さんの弟である卓さんに移りました。ところが弟の卓さんは正一さんより先に死亡しているため、相続権は卓さんの子である勇樹さんに移るということになります。

相続手続きには相続人全員の同意が必要であることから、相続手続きを開始して初めて、自分以外に相続人がいることを知る配偶者も少なくありません。このようなトラブルを回避するためには生前対策が欠かせません。

方法のひとつは、今回の正一さんのように遺言書を残しておくことです。遺言書の種類は自筆証書遺言と公正証書遺言に大別されます。

どちらでも構いませんが、自筆証書遺言は遺言書の要件を満たしていないと無効になる恐れがあるため、心配な場合は公正証書遺言として残しておいたほうが確実です。