離婚や非正規雇用の増加など、金銭的な事情から実家に出戻りする現役世代がいます。経済的な自立が難しいことから親世代に頼らざるを得ないケースも多く、これが親世代に新たな負担を生んでいるようです。離婚をきっかけに娘と孫を迎え入れたものの、家計の均衡が少しずつ崩れていったとある家族の事例をもとに、親子の同居がもたらす“理想”と“現実”をみていきましょう。辻本剛士CFPが解説します。
「戻ってきたらどうだ?」とは言ったが…午前10時すぎまでスヤスヤ眠る41歳実家出戻り娘。年金月36万円・70代元公務員夫婦が〈娘の寝顔〉を見て決めた「やっぱり追い出そう」の経済的やさしさ【CFPの助言】
「娘と孫が戻ってきた日」再びにぎやかになった北本家
千葉県に住む北本健一さん(仮名・72歳)は、元公務員の妻とふたり暮らし。共に公務員として長年勤めてきたこともあり、夫婦合わせて月36万円ほどの年金を受け取り、安定した老後を過ごしていました。
そんな北本夫妻には、一人娘の愛里さん(仮名・41歳)がいます。結婚してからは、夫と小さな娘の3人で、実家から車で1時間ほどの場所に住んでいました。
ところが、愛里さんは夫の不貞が原因で離婚、娘を引き取ってシングルマザーとなりました。
離婚後、愛里さんはすぐにパートをはじめたものの、月収はわずか4万円ほど。さらに、元夫から受け取る毎月数万円の養育費を合わせても、家計は厳しい状態が続いていました。
そのため健一さんは「このままでは娘が心身ともに追い詰められてしまう」と胸を痛め、こう提案しました。
「いったん、家に戻ってきたらどうだ?」
妻も「孫の顔が毎日見られるなんて楽しみ」と笑顔で賛成しました。
こうして、娘と孫との同居生活が始まったのでした。
崩れはじめた「幸せな日常」
新生活は、幸せそのものでした。孫の笑い声が家中に響き、夕食の食卓には3世代がそろい、笑顔と会話の絶えない和やかな日々……。
しかし、幸せな時間はそう長くは続きません。
少しずつ、健一さん夫婦に違和感が生まれていきます。まず、愛里さんは離婚後もパートタイマーとして働いていましたが、月収はわずか4万円ほど。生活費を家に入れる余裕はなく、光熱費や食費、孫の学校準備など、すべての出費が北本夫妻の年金から出ていく状態が続いていました。
「ふたりのときは十分だった年金も、4人となると話は別だな……」
健一さんはみるみる減っていく残高を見ながら呟きます。
また気づけば、金銭面だけではなく生活面でも負担が増していました。孫のお弁当は毎朝、妻が作っています。さらに、保育園の送り迎えは健一さんの担当です。
それでも、愛里さんはどこか他人事のような様子。仕事後の外食や飲み会などで、夜遅く帰宅する日も増えていきます。そんな娘の楽観的な態度に、北本夫妻のなかで不満が少しずつ積もっていきました。
そんなある晩、愛里さんは職場の飲み会があると言って夜遅くに帰宅。時計の針は深夜を回っていました。翌朝、すでに午前10時を過ぎても、愛里さんの部屋から物音ひとつしません。心配になった夫婦が声をかけに行くと、布団のなかから娘の寝ぼけた声が聞こえました。
「う~ん、あと5分……」
ふと目に入ったのは、安らかな寝顔。まるで子どものように無防備で、どこか幸せそうな表情でした。
「このままでは、娘は本当にダメになってしまう」
北本夫妻は、娘が自分の足で生きていく力を失っていく姿を放っておくことができませんでした。
「愛里を家から出そう。あの子が自立するためには、それしかない」
健一さんは断腸の思いで、妻にそう告げました。