高齢者の捨て活は身辺整理だけでなく、不要品をお金に替えて家計の足しにしたいという目的もあるようです。しかし、使っていないからといって持ち主の意向を尊重しないで処分するのは、深刻なトラブルにつながります。 今回は捨て活にハマって夫の大切な本を売ってしまった70代の主婦の事例から、相手の価値観を尊重する重要性をCFPの松田聡子氏が解説します。
「なんで…なんでそんな勝手なことをしたんだ」穏やかな76歳夫、家の異変に激怒。〈年金20万円〉〈貯金800万円〉捨て活に目覚めた72歳妻が犯した罪【FPが警鐘】
年金生活を直撃する「物価高」の影…整理の前に夫婦を襲う「経済的な不安」の深層
典子さんの「捨て活」は、単なる片付けブームに乗じた行動ではありませんでした。そこには、大川さん夫婦のような高齢者世帯に共通の「経済的な不安」が見て取れます。
金融経済教育推進機構の「家計の金融行動に関する世論調査(2024年)」によれば、70代二人以上世帯の貯蓄の中央値は800万円です。大川さん夫婦の貯金800万円は、まさに多くの世帯が直面する、経済的に「ゆとりがあるとはいえない」水準です。この中には貯蓄ゼロの世帯が約20%含まれており、深刻な経済状況にある高齢者も少なくないことがわかります。
そこに、食料品や光熱費といった諸物価の高騰が追い打ちをかけます。総務省の「2020年基準 消費者物価指数 全国 2025年8月分」によると、総合指数は112.1で、前年同月比2.7%の上昇と、物価は依然として安定していません。2020年を100として112.1ということは、生活費がわずか数年で1割強上昇したことになります。収入を増やすことが難しい70代の年金生活者世帯には、大きな経済的ダメージです。
高齢者の捨て活は、子どもの独立や退職後の生活により家にいる時間が増える中で、長年溜め込んだモノが気になり始めるケースが多いと考えられます。しかし、経済的な不安から、不要品を単に捨てるのではなく、価値を見いだせるものは現金化しようと考えるのも自然な流れといえるでしょう。典子さんのような高齢者からは、捨て活を通じて空間を整え、家計を補強しようとする心理が伺えます。
しかし、典子さんの行動には、老後の整理を巡る最もありがちな過ちがありました。それは、「モノの物理的な価値」だけを重視し、「心の価値(愛着や思い出)」を完全に無視してしまったことです。これは、多くの人が陥りがちな「整理=売却・処分」という短絡的な思考です。これは、高齢夫婦間で近年問題視される「捨て活ハラスメント(捨てハラ)」の一種といえます。
捨てハラとは、相手の気持ちや価値観を顧みずに、自分の基準でモノを捨てることを強要したり、その行為によって相手を不快にさせたり追い詰めたりする行為です。勝さんの本を売ってしまった典子さんの行動は行き過ぎた捨てハラといえ、勝さんの尊厳を傷つけてしまったのです。