年金月20万円・貯金800万円――不安な老後を「捨て活」で乗り切ろうとした妻の過ち

大川勝さん(仮名・76歳)と妻の典子さん(仮名・72歳)は子ども二人の独立後、夫婦で静かに生活しています。勝さんは中堅の食品メーカーで定年まで勤め上げ、その後、昨年まではマンションの管理人として働いていました。しかし、持病の通風が悪化したことでやむなく退職し、本格的な年金生活が始まりました。

世帯の年金は月におよそ20万円。昨今の物価上昇の影響もあり、公的年金だけで生活していくのは難しく、頼みの綱は現時点での貯金800万円でした。普段の生活はなるべく貯蓄を取り崩さずにやりくりしています。しかし、勝さんの体調面の不安もあり、家計を預かる典子さんは漠然としたお金のストレスを感じるようになりました。

最近、典子さんはテレビやインターネットで「家の中の不要品」を売ってお金を手に入れる方法があることを知りました。昭和の高度経済成長期を経た大川家には、瀬戸物や家電といった、使わないけれど捨てられない「モノ」で溢れかえっています。

「これを現金に換えれば少しは家計の足しになるし、家もスッキリするわ」

典子さんはフリマアプリやリサイクルショップを利用して、「捨て活」を始めました。実際に不要品が売れて数千円のお金が手に入ると、典子さんは楽しい気持ちになり、家計の不安を忘れることができました。

そんなある日、痛風で体調が思わしくない勝さんが入院することになりました。生命に別状はありませんが、退院までしばらく時間がかかりそうです。 勝さんが不在の間、典子さんは以前から気になっていた、勝さんの歴史に関する本の山を整理することにしました。本棚に入りきらず、床に積まれたまま埃をかぶっている本を、典子さんは「売ればいくらかになるのではないかしら」と思っていたのです。

「勝手に売るのは気が引けるけれど、入院費もかかるし、後できちんと説明すれば理解してもらえるはず」

典子さんはそう考え、本の一部をまとめて古本屋に持ち込みました。勝さんの本は2万円あまりで引き取ってもらえ、典子さんは晴れ晴れとした気持ちで勝さんの退院を待ちました。

しかし、退院して自宅に戻った勝さんは、本がなくなっているのを見て激怒。「俺の許可なく、なぜ勝手に売ったんだ!」と、これまで見せたことのない剣幕で典子さんを責め立てました。

勝さんにとって、歴史書は金銭には換えられない「自分の歴史」であり、「生きがい」そのものでした。この出来事以降、勝さんは自分の部屋に閉じこもりがちになり、二人の会話はほとんどなくなってしまいました。

典子さんの「捨て活」は、経済的な不安を解消するどころか、夫婦の間に深い溝を作ってしまったのです。