満額退職金で資産は5,000万円超、満ち足りたはずの夜のはずが…

大学卒業後、大手企業に就職し、真面目に働き続けてきた三浦弘志さん(仮名・60歳)。40年近く一つの会社に尽くし、最終的には課長職まで勤め上げました。これまで大きな病気もなく、転職もせず、家族のために働いてきた自負がありました。

定年退職に際して振り込まれたのは、退職金2,500万円と確定拠出年金の積立資産1,500万円。資産は預貯金や株式を合わせて総額5,000万円に到達し、再雇用制度を利用して関連会社で年収400万円の仕事もすでに決まっています。「これなら老後も安泰だ」と疑いもしませんでした。

「まだ働くとはいえ、いったんの節目だ。妻と温泉旅行でも行こう。少し贅沢な食事もいいな」

退職当日、同僚たちに花束を贈られながら、感謝と惜別の拍手に包まれて会社を後にした三浦さん。帰宅途中、新卒で入社した日や、子どもが生まれた日、昇進した時のことを思い出しながら、しみじみと人生を振り返っていました。

しかし、その夜、そんな幸福感は一瞬にして崩れ去ったのです。

突然の離婚宣告、そして資産の半減――想像もしなかった老後へ

家に帰りリビングに入ったとき、三浦さんはいつもと違う雰囲気に気が付きました。妙にすがすがしく、落ち着いた様子で妻は「おかえりなさい。長年お疲れ様でした。早速だけど、話があります」と語り掛けてきたのです。

食卓に着くなり告げられたのは、「離婚しましょう」の一言でした。

突然のことに、三浦さんは言葉を失いました。机の上には離婚届と弁護士の名刺、そして財産分与のメモが並んでいます。妻はすでに手続きを進めており、離婚に向けて準備万端の状態だったのです。

「あなたは悪い夫ではないけれど、妻でいる意味が見いだせない。60歳までは耐えようと思っていたのよ。ずっと我慢してきたの」

そこには怒りも涙もなく、長年かけて冷めていった心の温度だけが残っていました。三浦さんが働き詰めだった40年の間、妻も家庭を守り、家族としてうまくバランスが取れていると思っていました。しかし、会話のない生活、子育てで意見が食い違うと一方的に自分の意見を通していた態度、価値観のすれ違い……。こうした「積年の想い」が妻の中で積もり、ついにこの日を迎えるに至ったのです。

法的には、結婚後に築いた資産は「共有財産」とされ、原則として半分ずつに分け合うことになります。今回のケースでは、退職金2,500万円も結婚後に形成された財産なので、1,250万円が妻に渡ることに。そのほかの資産も半々になり、最終的には総額5,000万円の資産を2,500万円ずつ分けることになりました。

自宅建物、土地についても実際の取引価格に相当する金額で分割できますが、住宅ローンもまだ残っていたため、妻は分割を求めませんでした。

さらに、妻は三浦さんの扶養でパート勤務していたため、厚生年金も分割することができます。協議の結果、結婚期間中に形成された報酬比例部分の14万円が分割対象となり、月6万円分が妻の手に渡ることになったのです。

よって、離婚後に三浦さんが受け取ることになる年金は、65歳から支給開始となる国民年金部分(満額で約7万円)と、厚生年金の残り(8万円)を合わせて月15万円ほどになる見込みです。