「月々の返済は今の家賃とほぼ同じ。むしろマイホームが手に入って得ですよ」——そんな営業トークに背中を押され、35歳で住宅ローンを組んだ佐藤さん(仮名・61歳)。あれから26年、役職定年で収入は激減、再雇用で働き続けているものの、ローン残高は1,200万円。「こんなはずじゃなかった」。同世代なら決して他人事ではない、住宅ローン破綻寸前の現実を、FPの三原由紀氏がお伝えします。
「家賃並みの支払いでマイホームが持てますよ」微笑む営業マンと契約して26年。61歳会社員、想定外の苦境に「もう限界…」【FPが解説】
なぜ「借りられる=返せる」の錯覚が生まれるのか
佐藤さんのケースは決して特殊ではありません。金融広報中央委員会の調査(令和5年) によると、60代世帯の住宅ローン残高は平均733万円・中央値120万円と乖離しており、約18%の世帯が1,000万円超の残債を抱えている実態が示されています。
なぜ「家賃並み」のはずが、こうした事態に陥るのでしょうか。
1つ目の要因は「税込年収」を基準にした借入額の設定です。
金融機関の融資審査は、申込時の税込年収を基に返済比率(年収に占める年間返済額の割合)を計算します。一般的に25〜35%以内なら「返済可能」と判断されますが、この計算には55歳以降の収入減少は一切考慮されていません。さらに重要なのは、実際の家計管理は手取り収入で行うという点です。
佐藤さんの場合、35歳時点の年収580万円で計算すれば、年間返済額138万円(月9万円+ボーナス時30万円)は返済比率23.7%。「十分返済可能圏」とされる数値でした。ただし、手取り収入に対しては約30% に跳ね上がります。
2つ目は「維持費」の軽視です。
「家賃並み」という営業トークは、あくまでローン返済額のみを指しています。しかし実際の住居費には、管理費・修繕積立金・固定資産税・火災保険料などが加算されます。佐藤さんのマンションのように、築年数とともに維持費が上昇するのは一般的で、購入時の試算から大きく外れることも珍しくありません。
3つ目は「退職金神話」です。
「退職金で一括返済すれば大丈夫」——この世代の多くの人が考えがちですが、現実は厳しいものです。佐藤さんも当初は退職金での完済を計画していましたが、退職金制度の一部が企業型確定拠出年金に変わり、保守的な運用を選択した結果、実際の支給額は1,300万円程度にとどまりました。
「全額返済に充てたら老後資金がほぼゼロになる。かといって残せば毎月の返済は続く。どちらを選んでも苦しいんです」