「住宅ローン完済=老後は安泰」は本当か?60歳男性の“想定外”

住宅の購入は、人生における大きな決断です。多くの人が「何年のローンを組むか」「頭金はいくらか」といった資金計画を立て、時には繰上げ返済も活用しながら、完済というゴールを目指します。国土交通省の調査でも、購入者の約7割がなんらかのローンを利用しており、住宅ローンは非常に身近な存在です。

そして、その長い道のりの果てには、「これで老後は安泰だ」という大きな安心感が待っている――多くの人が、そう信じています。しかし、本当にそうでしょうか。

Aさんは高校卒業後すぐに就職しましたが、若いころはなかなか仕事が長続きしませんでした。しかし、結婚と出産を機に真面目に働き、念願だったマイホームを購入。住宅ローンと教育費で支出がかさむ40代を夫婦共働きで乗り切り、50代後半には一人息子も独立しました。

「あとは住宅ローンだけだ」と頑張り抜き、60歳の定年退職と同時に、ついに住宅ローンを完済します。「やっと肩の荷が下りた」と、夫婦で喜びをわかちあい、その日はささやかな祝杯を挙げました。

定年退職後の収入と蓄え

Aさんが定年まで勤めた会社は小規模だったため、退職金は300万円。決して多くはありませんが、Aさん夫婦は「ローンも終わったし、65歳まで働けば多少の蓄えと年金でなんとかなるだろう」と漠然と考えていました。

ねんきん定期便をみると、65歳から受け取れるAさんの年金額は約140万円、妻が約110万円であることがわかります。Aさんには若いころ、年金を未納した期間があり、現役時代の給与は高いとはいえる金額ではありませんでした。2人合わせても年間250万円(月額約20万円)。公益財団法人生命保険文化センターの「生活保障に関する調査」によると、夫婦2人で老後生活を送るうえで必要と考える最低日常生活費は月額で平均23.2万円ですので、平均とされる月額を下回ります。それでも、「これまでも節約して暮らしてきたから大丈夫」と、2人は笑い合っていました。

しかし、定年後に貯蓄を思うように増やすことは難しいのが現実。定年前のAさんの給与は月額34万円、妻のパート収入と合わせた世帯の手取りは37万円でした。その間、住宅ローンと子どもの教育費の負担が重く、現役時代に貯蓄はほとんどできていません。60歳以降は再雇用で働き続けるものの、給与は月額24万円に低下。節約志向のAさん夫婦にとって、日々の暮らしはなんとか成り立ちますが、思うように貯蓄は増えません。そのため、妻もパートを続け、夫婦で協力して老後資金を少しでも増やそうと努力していました。

そして、彼らが見過ごしていた、もう一つのコストが生じてしまいます。