A家に潜む「相続」のリスク

筆者「なるほど。しかしいまのままですと、将来ご夫婦に万が一のことがあり、お子さんが遺産相続をした際、相続税を納める必要がありそうです」

そして、「あくまで一般的な話ですが」と前置きをしたうえで、相続税について説明を行いました。

視野に入れたい子どもたちの「相続税」負担

現行では、A家の2人の子ども(法定相続人)が4,200万円を超えた遺産を相続すると、相続税が課税されます。A家の場合、遺産というと夫婦の貯蓄残高や自宅の土地建物などが当てはまります。

相続税の基礎控除額を求める計算式は、下記のとおりです。

<相続税基礎控除の計算式>

3,000万円+600万円×2人(法定相続人数)=4,200万円

この点、親が亡くなる(子も高齢化している)タイミングで遺産が引き継がれるよりも、住宅購入や教育費のためにまとまった資金を必要としているタイミングで、夫婦の貯蓄の一部を「相続時精算課税制度」を利用するなどして生前贈与すると、子どもたちの相続税負担が軽減されるほか、親が形成した資産を子どもや孫のために有効活用することができます。

「相続時精算課税制度」とは、たとえば親から子へ財産を贈与する際に、年間110万円の基礎控除とは別に、累計2,500万円まで特別控除が適用され、非課税で生前贈与できる制度です。詳細については、税理士などの専門家にご確認ください。

「1冊のファイル」に詰まった、夫婦の“夢”

面談から1ヵ月ほど経ったある日、A夫妻が1冊のファイルを抱えて、再び筆者のところを訪れました。

「これを見てください」

Aさんが嬉々として見せてくれたそのファイルには、今後の支出計画の内容とその予算が事細かに記載されていました。まずは80歳までに使うお金として、2,700万円から3,000万円の予算が組まれています。

詳しくみていくと、「過去の赴任地への旅行」や「夫婦でテニスを始める」「絵画を習う(Aさん)」「フルートのレッスンを受ける(Bさん)」など、老後を豊かに過ごすための予定が詰まっています。また、筆者の助言を受け、2人の子どもに500万円ずつ生前贈与をすることも記載されていました。聞けば、Aさんはすでに絵画教室への申し込みを済ませ、画材も購入したそうです。

夫婦のように、なににいくら使うか計画を立ててからお金を使えば、貯蓄が極端に減少することはないでしょう。

老後は、ついお金が減ることを心配しがちですが、現役時代の貯蓄の目的のひとつは、老後の生活資金のためです。よって、計画的に貯蓄を減らしていくのはむしろ健全なことといえます。

ただし、衝動買いや無計画な買い物には注意が必要です。家族に指摘を受けるようなことがあれば、躊躇なく地域包括支援センターに相談しましょう。また、専門医の診察を受けたり、貯蓄を信託したりするなど、周囲と協力して早期に対策を打つことが大切です。

牧野 寿和
牧野FP事務所合同会社
代表社員