東京商工リサーチによると、2024年に「早期・希望退職」を実施した上場企業は57社(募集人員は約1万人)でした。これは前年比3倍超と、早期・希望退職を促す企業が増えていることがわかります。そんななか、自ら進んで早期退職した会社員の水戸さん(仮名・55歳)の事例をもとに、早期リタイア後に潜む「思わぬ落とし穴」のリスクとその対策をみていきましょう。辻本剛士CFPが解説します。
俺より金ないくせに…退職金3,000万円に飛びつき早期退職した55歳男性「資産1億円」も心から笑えない→1年後、元同僚に「もう一度働かせてください」と頭を下げたワケ【CFPの助言】
俺より金ないくせに…水戸さんの“暴走”
有り余る時間で始めたSNSには、元同僚たちの仕事ぶりや家庭での充実した様子の投稿が並び、年末には楽しそうな忘年会の写真がアップされます。画面越しに見える笑顔が、自分にはない彼らの“日常”を突きつけるようでした。
「なんだよこいつら……俺よりも金持ってないくせに、なんでこいつらばっかり楽しそうなんだよ」
むしゃくしゃした水戸さんは、負けじと高級料理を食べ歩きハイブランドの服を買い、挙句の果てには全く興味のない高級車を購入。それらすべてをSNSに投稿しました。最初は好意的なリアクションをくれた元同僚たちも、エスカレートする水戸さんの暴走にドン引き。残ったのは「無駄遣いをしてしまった」という後悔と、さらに強い虚しさだけでした。
「このまま生きていても何も楽しくない」
ある日無意識にそう呟いた水戸さんは、自らの生命に強い危機感を覚えます。そこで、SNSでつながっていた会社の元人事担当に連絡を取ります。
「水戸です。もう一度働かせてください」
水戸さんが知らずにハマっていた“落とし穴”
水戸さんの歩んだ道のりは、資産形成の成功例であると同時に、FIREや早期退職に潜む落とし穴を示す事例でもあります。
経済的に余裕があるからといって、必ずしも幸福につながるとは限りません。水戸さんは「1億円を達成する」という数値目標に全力を注ぎましたが、その先でどのような生活を送りたいのかまでは考えていませんでした。その結果、自由を手にしても心の充実を感じられず、孤独感や虚しさを募らせる日々が続いたのです。
資産形成の本来の意義は、ただお金を増やすことにあるのではなく「生活の質」を高めることや「社会とのつながり」を持ち続けること。たとえば、趣味に打ち込む時間を確保する、地域活動に参加して人との交流を広げる、といった要素が加わることで、資産は初めて人生を豊かにする力を発揮します。
早期リタイアを検討する際には、経済的な備えと同時に「どのような生き方をしたいのか」を見つめ直すことが大切です。資産はあくまで手段であり、人生の目的を支える基盤に過ぎません。