まだ間に合う? 将来の準備を本人の意思でできる最後のチャンス

電話やメッセージのやり取りだけでは、部屋の荒れや健康状態の変化にはなかなか気づけません。金子さんは、「もっと頻繁に顔を見せていれば……」と悔やみました。認知機能の低下は、数ヵ月の間に生活へ大きく影響を与えることも珍しくないのです。

それでも、軽度認知障害の段階では、「本人の判断能力(意思能力)」はまだ残っていると判断されるのが一般的です。預貯金の引き出しや管理、遺言書の作成、本人の意思による契約、などの行為をすることが可能です。

しかし、認知症に進行すると財産は事実上凍結され、本人の意思で契約ができなくなります。家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見制度」に頼らざるを得ず、時間も費用もかかります。

軽度な認知機能の低下がみられる段階は、将来の準備を本人の意思でできる最後のチャンスです。このタイミングで任意後見契約や家族信託、財産目録作成などを始めるのが理想です。

金子さんも、母親の今後の生活環境と財産管理の仕組みを整えるため、動き出すことにしました。

最大の問題は、親の財産状況を把握できないこと

財産管理の面では、地元の司法書士に相談し、母の判断能力が確かなうちに将来の財産管理を金子さんに任せる「任意後見契約」を公証役場で結ぶことにしました。

しかし、金子さんは母の財産状況をまったく把握していませんでした。両親はお金の話を避けるタイプで、父が亡くなってからも母は「年金で暮らせているから大丈夫」としか言わなかったからです。

金子さんはまず、通帳や印鑑、財産に関わる書類を探し出す作業に追われました。やっと見つけ出した資料も、古い通帳などが混ざっており、判別するのに苦労しました。

親子で通帳や保険証券をひとつひとつ整理し、財産の一覧を作成。不要な口座は解約して資産を一元化し、今後発生しうる介護費用や施設への入居費用を確保するために、定期預金の一部をすぐに動かせる普通預金に移しました。

このように、親子であっても財産の話はタブー視され、元気なうちは話しづらいお金のことを先送りしてしまいがちです。ですが、「まだ元気だから大丈夫」と思い込んでいても、急な変化が訪れる可能性もあります。「介護が必要になったときはどうするか、どうして欲しいか」などの切り口から、親の資産についても触れていけるといいでしょう。

今後、母の生活にはサポートが不可欠です。しかし、金子さんが仕事を辞めて実家に戻るのは現実的ではありません。

そこで、金子さんはまず、地元の地域包括支援センターに相談しました。母親は「自宅で暮らし続けたい」という意思を持っていたため、食事の宅配や家事代行といった在宅サービス、そして安否確認のための見守りサービスを導入し、生活支援の体制を整えました。

金子さん自身も月1回は帰省をして、母親の様子や生活状況を確認することに。これらの対策により、母は住み慣れた家で安心して暮らせるようになり、金子さんも自身の仕事と家庭を守りながら、母を支える体制を築くことができました。