「銀行員なら老後は安泰でしょう」——そんな周囲の羨望の声に包まれながら、田中夫妻(仮名)は退職しました。退職金2,000万円と企業年金で「これで安心」と思っていたのも束の間、退職から3年が経った現在、毎月多額の赤字に苦しんでいます。なぜ、誰もが羨む「安定職業」だった銀行員家庭が、こんなにも早く老後破産の危機に陥ってしまったのでしょうか。銀行員という職業の意外な制約と退職後に直面する現実から、あらゆる職業の人が学ぶべき教訓についてFPの青山創星氏が詳しく説明します。
お金のプロのはずなのに…最高年収1,000万を誇った元銀行員〈退職金2,000万円・年金月28万円〉で「勝ち組老後」と思いきや…月13万円の大赤字に転落→「あと6年後に破綻」のジリ貧に悲鳴【FPの助言】
「勝ち組」銀行員家庭の現役時代―安定の裏に潜む資産形成の制約
田中正雄さん(65歳)は、大手地方銀行で32年間勤務、55歳で取引先会社に出向・転籍し、62歳で完全退職。銀行員時代の最後は大型店舗の次長職まで昇進し、50代半ばの年収は1,000万円程度でした。「銀行員なんて羨ましい。安定しているし、お金のプロだから投資も上手でしょう」と言われ続けてきました。
しかし、実際は全く違いました。
銀行員には厳格な投資制限があります。個別株式の売買は事前申請が必要で、FXや先物取引は禁止、短期売買も6ヵ月以内は原則認められません。部署異動のたびに制限される取引や取引可能な銘柄が変わるため、継続的な投資戦略を立てることすら困難でした。
間違いを犯さないため、正雄さんが現役時代にした投資はせいぜい投資信託と定期預金程度でした。まじめな銀行員にはこんな人が多いのです。
「同期の一般企業の友人たちが株式投資で資産を増やしているのを横目に、私たちは指をくわえて見ているしかなかった」と正雄さんは振り返ります。
妻の美香さん(63歳)も、「主人が銀行員だと、私の投資まで制限されることがあって、NISAも思うように活用できませんでした」と苦笑いします。
結果として、32年間で築けた資産は2,750万円。内訳は下記の通りです。
・退職金:2,000万円
・預貯金:500万円
・投資信託:250万円
長男の大学費用、長女の結婚資金、住宅ローンの返済に追われ、老後資金の準備はあと回しになっていたのです。
企業年金制度の変化で消えた「終身の安心」
もう一つ、田中夫妻には誤算がありました。それが、銀行業界の企業年金制度の大きな変化です。
「入行した当時、先輩たちは『企業年金があるから老後は安心だ。終身で月額十数万円はもらえる』と言っていました。それが蓋を開けてみたら……」
【実際の企業年金制度の変化】
・1980年代:確定給付年金、終身受給、月額十数万円
・2000年代:確定給付+確定拠出の併用制に移行
・2010年代:確定拠出年金中心に変更、運用リスクは個人負担
・現在:月額5万円の有期年金(15年間のみ)
「低金利環境と銀行再編の影響で、想定の半分以下まで減額されてしまいました」と正雄さんは肩を落とします。
とはいえ、田中夫妻の老後資金は、一般的に見れば特別少ないわけではありません。「勝ち組老後」とまではいかないかもしれませんが。銀行員というイメージにしては控えめという程度の金額です。この資産と年金でうまくやりくりできればよかったのですが、そうはいかなかった。問題の本質はそこにあったのです。