人生の終盤を迎えたとき、これまでの労苦に対する「ご褒美」が待っていると信じたくなるものです。特に退職金という大金を手にした瞬間、長年の我慢から解放された高揚感は、思わぬ方向へと私たちを導くことがあります。40年間堅実な投資で7,000万円の資産を築き上げた若田さん(仮名・72歳)が、なぜ突如として資産の7割を失うことになったのか。その背景には、誰もが陥りうる心理的な罠と、追い詰められたときの判断ミスがありました。この記事では、若田さんの体験から、退職後の資産管理における警鐘と、同じ轍を踏まないための具体的な心構えをFPの青山創星氏が詳しく説明します。
〈投資歴40年〉〈資産7,000万円〉〈年金月25万円〉の元会社員、“退職フィーバー”で大散財→「取り戻したい」と暴走。わずか7年で「資産の7割消失」の悪夢に妻号泣【FPの助言】
退職金という「大金」との向き合い方と行動経済学からの教訓
若田さんの体験から、行動経済学の視点も踏まえて、私たちが学ぶべき重要なポイントは以下の通りです。
• 心理的会計に注意する
退職金を「特別なお金」「ご褒美のお金」と位置づけず、通常の資産と同じ価値として扱いましょう。大きな金額が入ったら、すぐに使わず「冷却期間」を設けることが有効です。
• 損失回避バイアスを理解する
資産が減少したときの「取り戻したい」という焦りは、さらなる損失を招く危険性があります。損失を認め、現状から最善の策を考えることが大切です。投資前に「この金額をすべて失っても大丈夫か」と自問することで、無理なリスクを避けられます。
• 確証バイアスに気をつける
自分の考えを補強する情報だけを集めてしまう傾向があります。投資判断は必ず複数の情報源から検証し、反対意見にも耳を傾けましょう。
• 現在バイアスを克服する
人は将来より現在の満足を優先しがちです。大きな支出の前に「将来の自分」への影響を具体的にイメージすることで、衝動的な決断を避けられます。
• ギャンブラーの誤謬に陥らない
「一度勝ったから流れが変わった」という考えは危険です。各投資やギャンブルは独立した事象であり、過去の結果が将来の確率に影響することはありません。
• 自己過信を戒める:特に高齢になってからのリスクテイクは、回復の時間が限られています。自分の知識や能力の限界を正直に認め、経験のない分野では慎重に行動しましょう。
• サンクコスト効果を理解する
「ここまで投じたお金を無駄にしたくない」という思いで、損失が拡大することがあります。投資判断は「これまでいくら使ったか」ではなく「これからどうなるか」で決めましょう。実践的な防衛策としては、資産の「仕分け」をして生活防衛資金と投資資金を明確に分ける、事前にルールを設定する、信頼できる相談相手を持つ、資産管理の一部を自動化するなどが効果的です。
若田さんは今、残された資産と年金で質素ながらも充実した生活を送っています。「失った7割を悔やむより、残った3割で幸せに生きる方法を考えるようになりました」という彼の言葉には、大きな教訓が込められています。
退職金を手にしたとき、私たちには二つの道があります。一つは若田さんが最初に選んだ「ご褒美」の道、もう一つは冷静に将来を見据えた「資産防衛」の道です。
あなたの退職金は、人生の終盤を豊かに過ごすための大切な資源です。今日から、自分の心の動きを理解し、計画的な資産管理を始めることで、安心と満足に満ちた老後を手に入れましょう。
ファイナンシャルプランナー
青山創星