「まさか、うちに頼ってくるなんて……」。長年音信不通だった兄弟姉妹からの突然の連絡が、老後資金計画を一気に崩す引き金になることも。今回は、まさにそんな事態に陥った高橋さん(仮名)の事例と共に、兄弟間の扶養義務と生活保護の現実について、小川洋平FPが詳しく解説します。
もしもし兄さん?助けてくれないか…資産2,500万円・年金月22万円で平穏な日々を過ごしていた67歳元会社員。非正規雇用の58歳弟から〈突然のSOS〉で急転直下、「不安に苛まれる老後」へ【CFPの助言】
兄弟姉妹間の扶養義務と生活保護の現実
今回のケースで重要なのが、「兄弟姉妹間の扶養義務」と生活保護の制度との関係です。日本の民法では、兄弟姉妹間にも相互扶養義務があるとされています(民法877条)。しかし実務上、生活保護の申請時において、兄弟に生活を支える経済力がない、あるいは扶養する意思がないと申告すれば、それ以上の強制はされません。
つまり、今回の高橋さん夫妻のように、弟を受け入れたことで自分たちの生活が逼迫している場合、「扶養はできない」と伝えれば生活保護の申請も可能と考えられます。
しかし、生活保護制度には「親族への扶養照会」という手続きがあります。これは、福祉事務所が親族に対して「援助できますか?」と文書で問い合わせをするものです。この照会に「援助できません」と回答すれば、扶養義務は事実上問われません。
こうした制度を正しく理解し、啓さんを支援することで自分達の生活に大きな負担となることを明確に伝えていれば、生活保護を受けることは可能だったと考えられます。
“年金パラサイト”の果てに――兄弟へ押し寄せる「しわ寄せ」
啓さんのように、非正規雇用で貯金がなく、働けなくなった途端に生活が立ち行かなくなるケースは少なくありません。また近年、高齢の親の年金に依存して生活する中高年層(いわゆる「年金パラサイト」)が増えつつあると言われます。親が亡くなった途端に収入が絶たれ、残された兄弟姉妹に支援を求める……そんな相談も珍しくありません。
こうした事態を未然に防ぐためには、やみくもに金銭的援助をするのではなく、「早期に支援機関に相談し、生活保護や就労支援を利用する」「家計への影響が出る前に親族間で支援の限度や方針を共有しておく」「自治体や地域包括支援センター、NPO等に間に入ってもらう」といった冷静な対応が求められます。
高橋さんも、妻が家を出ていく前に家計を見える化し、「できること・できないこと」を明確にしたうえで、第三者の支援を早い段階で受けていれば、事態は悪化しなかったかもしれません。
自分たちの生活を守りつつ、親族を支えるために
今回は働けなくなった弟を引き取ってしまったことで、安泰に思われた老後の計画が危うくなってしまった高橋さんの事例をお伝えしました。
兄弟姉妹の扶養義務は“道義的”なものであり、経済的・精神的に支えきれないときには「生活保護」という制度を使うことをためらう必要はありません。むしろ、自分たちの生活が破綻してしまっては本末転倒です。
制度を知り、情報を集め、早めに選択肢を洗い出す。無理のない支援ラインを家族で決め、必要に応じて公的支援と組み合わせる。それが自分たちの生活を守りつつ、親族を支える現実的な方法です。
小川 洋平
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