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老後は順風満帆のはずだった…先輩の言葉が崩壊の引き金に
それは、先に65歳を迎え、会社を去る先輩の言葉が元凶でした。
「仕事を辞めたら年金だけになる。でも、それだけでは、とても贅沢などできないだろう? だから、結構頑張って増やしたよ、退職金」
退職金を増やすとはどういうことだろう……疑問に思った誠一さんは、具体的に何をしたのか、先輩に聞いたといいます。
先輩が語ったのは株式投資。特定の銘柄をいくつか挙げ、「俺はこれらで退職金が1.5倍になったよ」と成功体験を得意げに語りました。「でも、投資なんて危ないんじゃないですか?」 誠一さんが尋ねると「単に銀行に預けているのもリスクなんだぞ。物価が上がったらどうするんだ」と先輩は鼻で笑いました。
金融広報中央委員会『令和5年 家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査] 』によると、60歳代の二人以上世帯では、平均2,026万円の金融資産を保有し、そのうち預貯金は885万円。株式に407万円、投資信託に190万円などと、さまざまな金融商品を保有します。もちろんこれは平均値なので、全員が預金以外の金融商品を保有するとは限りません。ただ、誠一さんの先輩が言った通り、金利が物価上昇率以上であれば、預貯金は目減りしてしまうことは確かです。
危機感を覚えた誠一さんは、退職金の運用を考えました。「佳子との老後のためだ」と言い聞かせて。
そして65歳を迎えた冒頭のシーンに戻ります。何があったかは、多くの人が予想する通り。最初は「お試しだ」と自分に言い聞かせ、退職金の中から300万円だけを投資に回しました。先輩に教えてもらった銘柄を中心に購入すると、数週間で面白いように利益が出始めます。含み益はあっという間に50万円を超え、誠一さんは興奮を隠せませんでした。「自分には投資の才能があるのかもしれない」と自信を深めた誠一さんは、すぐに追加で500万円を投資。相場全体が上昇傾向だったことも幸いし、資産はみるみるうちに増えていきました。
資産が順調に増えるなかで、誠一さんは「もっと増やしたい」という強欲が生まれていました。そしてリスクの高い信用取引にまで手を出してしまったのです。そこで起きたのは、株式市場の大暴落。昨日まで青色だった評価損益は真っ赤に染まり、信じられないスピードで資産が溶けていきました。「まずいぞ、非常にまずい!」と冷静さを失った誠一さんは、損失を取り返そうと躍起になるものの、ついには追い証の通知が届き、強制終了。莫大な損失が確定し、2,500万円あった退職金は、わずか300万円ほどしか残りませんでした。
誠一さんが受け取れる年金は月19万円。2年遅れて年金受給が始まる佳子さんは、月10万円。二人合わせて30万円弱の年金があります。佳子さんがコツコツと続けてきた貯蓄も、老後の安心を約束してくれるほどあります。老後資金において退職金は「万一のためのお金」という位置づけだった鈴木さん夫婦。退職金が大幅に減ったところで、老後が不安定になることはありません。
ただ退職金があるからこそ「地中海クルーズ」と言っていたわけですから、もはや中止以外に選択肢はないでしょう。パンフレットをいくつも集めて楽しみにしていた佳子さん。夢が夢のまま終わってしまった虚しさのなか、腕によりをかけた料理をいただく――何とも悲しい祝席になったといいます。
[参考資料]
金融広報中央委員会『令和5年 家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査] 』