私たちが何の気なしに使っている「正社員」「非正規」といった言葉。しかし、いったい誰が決めた「正」なのだろうか。本記事では、長年非正規雇用で働きながら社会問題について発信してきた文筆家・栗田隆子氏の著書『「働けない」をとことん考えてみた。』(平凡社)を一部抜粋し、「正」の概念がもたらす見えない分断について考えていく。
正しくない?一人前じゃない?自分に合った働き方なのに――「非正規雇用」という言葉にまとわりつく〈疎外感〉の正体
『正社員』という言葉が使われだした理由
それならばあらためて正社員や正規雇用といった「正」はどこから生まれたのかを調べるのが今回の目的だ。あれこれ検索したところ、「正社員の意味と起源」という論文を発見(注1)した。その冒頭には下記のように書かれている。
「『正社員』という用語が一般的に使われるようになるのは1980年前後からであり、その原因はパートタイマーの増加であったと考えられる。時代的にみれば、『社員』というステイタスは戦前の『エリート』から戦後『ふつうの従業員』へと徐々に変化していく。そして、1980年代に入って『正社員』という雇用身分が新たに一般化する。」
「雇用身分」として身分という言葉が当然のように使われているのにも驚くが、「正社員」という言葉が高度成長期後のバブル前という時代に生まれた比較的新しい用語だったことに驚いた。しかも「正社員」が生まれた背景はパートタイマーの増加が理由であり、「『常用パート(常用雇用のパートタイマー)』を析出するため」とあるのだ。
それじゃあパートタイマーが現れたからその差異を表すがために「社員」という言葉の前に「正」ってつけたの? といきなり答えに行き着いて愕然とした。この時代のパートタイム労働者のほとんどは既婚女性である。
さて、「恒常的に賃労働をしている状態が、普通の人にとってかつては空気を吸うように当たり前だった」とさきほど言及した。さらにこの「普通」とは「日本に住む日本人、日本語話者、健常者、異性愛者でシス男性、さらには首都圏出身などなどといった『マジョリティの詰め合わせ』みたいな存在だったことが明らかになっている」と書いたが、この正社員という言葉が生まれた理由は、フルタイムで働くパートタイマーと分けたいがためだったのである。
それならば正社員とパートタイム労働者の違いは能力とか実力だとかいう話でもなんでもなく、最初から「マジョリティの詰め合わせ」か否かにすぎないのである。しかも80年代初頭はまだ男女雇用機会均等法さえ存在しておらず、「女性は募集しない」と雇用の段階で周知してもなんの問題もない時代だったのだから、なおさらである。
しかも日本ではパートタイマーという働き方が本当に短時間労働だったわけでもない。それは和製英語ここに極まれり、というべき「フルタイムパート」という言葉が証明している。このパートタイム労働者が増えた時点で、同一労働同一賃金、あるいは同一価値労働同一賃金という賃金システムに踏み切ることもしなかった。1980年以降はパートタイム労働者が増えたというものの、それ以前は圧倒的に専業主婦が多かった。
しかもアメリカやヨーロッパでは景気が悪くなっていた時代だが、日本はバブル景気のイケイケの時代に突入していたために既存の制度を変革する必要を感じていなかった。労働条件におけるジェンダー面の改革もこの時代に徹底的になされることもなかった。
(注1)久本憲夫「正社員の意味と起源」季刊『政策・経営研究』vol. 2 2010年