年金と十分な貯蓄があっても“思わぬ出来事”により家計が破綻するケースは少なくありません。65歳の徳永夫婦(仮名)が家計破綻危機に陥った原因は、90歳になる夫の父親でした……。徳永家にいったいなにがあったのか、事例をもとに、老後に潜む支出リスクとその対策をみていきましょう。ファイナンシャルプランナーの辻本剛士氏が解説します。
ブランド牛しか食べません…都内在住「年金月26万円」「貯金3,500万円」の60代夫婦、盤石の老後資金も“心から笑えない”理由【CFPが解説】
同居によって懐と心にゆとりが生まれた徳永夫婦
リフォームを終えたばかりの明るいリビングで朝食を囲む3人。妻を亡くしてからどこか寂しげだった茂さんの顔に、久しぶりにやわらかな笑顔が浮かんでいました。
「これで、また家族一緒に暮らせるんだな」
そう言って笑う父の姿に、健司さんはホッと胸をなで下ろしました。
月々の収入源は、夫婦の年金月26万円と、父の年金月11万円を合わせた37万円。経済的にはこれまで以上に余裕が生まれ、気持ちにもゆとりができます。
父と一緒に暮らすようになってから、仁美さんは毎日の食事作りにいっそう気を配るようになりました。栄養バランスはもちろん、味付けにも工夫を凝らし、父が楽しく食事できるよう心を込めて食卓を整えます。
「ごちそうさま。今日も美味しかった。ありがとう」
感謝の気持ちを素直に言葉にし、笑顔で箸を置く父。そんなあたたかな食卓を横目に、健司さんは、ふと心のなかで願います。
「この時間が、少しでも長く続きますように」
朝ごはんはステーキにしてくれ…父が放った「突飛なひと言」
しかし、そんな穏やかな暮らしも長くは続きませんでした。
同居生活を始めて1ヵ月ほど経ったある朝、茂さんが次のように言います。
「これからは朝ごはんをステーキにしてくれ」
突飛なひと言に、健司さんも仁美さんも思わず顔を見合わせました。理由を尋ねると、父は本を差し出しながらこう言います。
「知らんのか? 長生きには肉だ。ここに書いてある」
最初はなにかの冗談かと思い、とりあえず冷蔵庫にあった肉を焼いて出すことにした仁美さん。しかし、しだいに父の要求はエスカレートしていきます。
「肉がまずい。国産にしてくれ」
「こんな薄い肉じゃダメだ。ステーキにしてくれと言ったろう」
「ブランド牛しか食べたくない。いい脂は健康にいいんだ」
そして父は、1kg3万円もする松阪牛や神戸牛を自ら買ってきては、必ず毎朝100g食べるようになりました。
「本当になあ。まあ、すぐに飽きるだろう」
2人はこんな会話を交わしていましたが、その期待は裏切られます。