年金だけで暮らすことが難しい現代の日本では、定年退職後も再雇用で働く人が増えています。またそのなかには、将来の年金受給額を増額させるため、年金繰下げ受給を選択する人も少なくありません。ところが、いざ繰り下げた年金の受給が始まると、想定よりも増えていないケースも……。いったいなぜなのでしょうか。70歳男性の事例をもとに、年金制度の“落とし穴”についてみていきましょう。FPの石川亜希子氏が解説します。
年金月30万円もらえるはずが…年金事務所へ駆け込んだ70歳男性、「落ち着いて聞いてください」担当職員から告げられた“まさかの事実”【FPの助言】
年金の「繰上げ受給」と「繰下げ受給」
日本の公的年金は、すべての人が加入する国民年金(老齢基礎年金)を土台とし、その上に会社員や公務員が加入する厚生年金(老齢厚生年金)がある「2階建て構造」になっています。
年金は原則65歳から受給開始です。ただし、受給開始の時期は60歳から75歳の間であれば自由に選択でき、65歳よりも前に受け取ることを「繰上げ受給」、66歳以降に受け取ることを「繰下げ受給」といいます。
受給額は65歳を満額として、繰り上げた場合は月に0.4%ずつ減額され、繰り下げた場合は月に0.7%ずつ増額されます。
つまり、仮に60歳まで繰り上げて年金を受け取ると年金額は24%減額され、75歳まで繰り下げて年金を受け取ると84%増額されるということです。
Aさんが70歳まで5年間受給を繰り下げると、年金は42%増額されることになります。そのため、Aさんは当初の受給予定額約21万円から約30万円に増額されると考えていたのですが、実際はそんなに増えてはいませんでした。なぜでしょうか?
働きすぎると年金の一部がストップ…「在職老齢年金」のしくみ
「在職老齢年金制度」とは、60歳以上で厚生年金に加入して働く場合、給与と年金の合計が一定額を超えると年金の一部が支給停止になる、つまり、「働いてたくさん収入がある人は、年金を一部ストップしますよ」という制度です。
在職老齢年金で支給停止の対象になるのは老齢厚生年金で、老齢基礎年金は減額されません。
具体的には、60歳以降に老齢厚生年金を受け取りながら働く場合、「老齢厚生年金の月額」と「月給・賞与(直近1年間の賞与の1/12)」の合計額が51万円を超えると、超えた分の1/2につき年金が減額されます。
2022年4月には47万円だった支給停止調整額ですが、2025年は51万円となり、年々上昇しています。さらに、厚生労働省はこの調整額について、来年度は62万円に引き上げる方向で調整中です。
Aさんの場合、年収が約660万円、1ヵ月にならすと約55万円です。年金を繰り下げずに受給していた場合、老齢厚生年金の月額は約14万円ですから、
(55万円+14万円)-51万円=18万円
18万円×1/2=約9万円
となり、約9万円が支給停止となってしまいます。そして、“停止”とはいうものの、この支給停止分があとで戻ってくることはありません。