叔父が“甥だけ”に財産を譲りたかったワケ

叔父は内気な性格も相まって、仕事を引退してからは特に人との交流機会が少なくなっていました。お金はあったので暮らしに困ることはありませんでしたが、精神的な寂しさを紛らわせることは年々難しくなっていたそうです。

そんな叔父を心配して、田中家は20年以上前から叔父と家族同然の付き合いをしてきました。月に1度は叔父を訪ねて外に連れ出し、食事や買い物を楽しんでいたとのこと。また、叔父の通院の際には必ず直さんか妻が付き添いました。

一方、叔父と姉の京子さんとのあいだには“確執”がありました。

話は20年前に遡ります。京子さんは、夫の事業資金として叔父から500万円を借金。しかし、叔父の「返済はいつでもいいよ」という言葉に甘え、結局1円も返済しませんでした。

この一件以降、京子さんは叔父から「京子はだらしがない人間だ」という烙印を押されていました。そんなこともあり「自分に寄り添ってくれた直に全財産を渡したい」という気持ちが強かったようです。

そんな叔父の思いとは裏腹に、田中さんは相続税を払うために相続した不動産を売却すべく、不動産業者に仲介を頼んでいます。しかし、建物や設備が老朽化していることもあり、スムーズに話が進みません。

思わぬ展開に、老後の経済破綻の足音が聞こえてきます。不安でたまらなくなった田中さんは、早期退職から一転、再就職をして働くことを決意しました。

「お金もなくなり、姉とも絶縁して、こんなことなら遺産なんてもらわなきゃよかった。舞い上がった俺が悪いけれど、遺産さえなければ穏やかな人生だったのに……」

田中さんは有頂天になった自分を責めて悔いる毎日です。

相続税の2割加算を避けるための「生前対策」

甥や姪が遺産を相続する場合、甥や姪が「代襲相続人」であるか否かによって、納付すべき相続税額に差が生じます。

もし代襲相続人なのであれば、法定相続人にカウントされるため基礎控除額を広げることができるほか、相続税の2割加算の適用もありません。

今回のケースでは叔父の姉(田中さんの実母)である芳江さんが存命のため、甥・姪である直さんと京子さんは代襲相続人にあたりません。そのため、基礎控除額は1人分の3,600万円のみとなり、田中さんの相続税には2割加算が適用されてしまったというわけです。

甥や姪に遺産を相続させる場合、被相続人の遺志に反して相続人の相続税負担が重くなることがあります。特に、多額の遺産がある場合には注意が必要です。

甥や姪に課される税負担を軽減するためには、生前贈与の活用や甥・姪と養子縁組をして法定相続人にしておくなどの方法があります。

また、遺言書で特定の人に遺産を渡したい場合は「付言事項」でその理由を記入しておくと相続人間のトラブル防止に役立ちます。

好意が思わぬ不幸を招いてしまわないよう、専門家の助言を受けるなどして相続の準備をしておくことが大切です。

山﨑 裕佳子
FP事務所MIRAI
代表