旅行が無理なら…明さんの「まさかの決断」に妻パニック

旅行を断念したあとも、心のどこかで未練が残っていた明さんは、ふとネット検索を始めました。

「せめて写真だけでも見て、行った気になろう」

そうこうしているうちに、「長野県、地方移住者に最大100万円の支援金(※)」という見出しに目が留まりました。

(※)長野県「UIJターン就業・創業移住支援事業支給要件等のご案内(令和7年3月31日までに移住した方)」

「なんだこれ?」

思わずクリックしたその記事は、地方移住者への補助金制度を紹介する内容でした。興味を持った明さんは、引き込まれるように調査を始めます。

「住民票の移動は?」「医療機関は近いか?」「ネットは?」「気候は?」

……長野県内の各自治体のサイトを何時間もかけて読み込み、そして明さんは、1つの結論に至りました。

「旅行じゃなくて、いっそ移住してしまえばいいんじゃないか?」

家賃や物価は都会よりも安く、自然も豊か。補助金もある。年金17万円でも、いまより余裕ある生活ができるはず。精神的にも金銭的にも、移住の方が得策――。

その思いが固まった明さんは、夕食後、妻に切り出しました。

「あのさ、長野に移住しようと思うんだけど」

突然の宣言に、仁美さんは大パニックです。

「……はっ? え? ちょ、ちょっと待って引っ越し? 知らない土地に? なに言ってるの?」

呆れかえった仁美さんは、心の奥で「離婚」の2文字が浮かびます。しかし、明さんの口調はいつになく真剣です。

「お前と2人でもう1度新しい生活を始めたいんだ。このままだと毎日我慢ばっかりだろ。でも地方なら、生活費も抑えられるし、自然のなかで心穏やかに暮らせる。残りの人生、なんとかやりくりするんじゃなく、楽しみながら暮らしたいんだよ」

しばらくの沈黙のあと、仁美さんは小さくため息をつき、こう答えました。

「わかったわ。ただし、合わなかったら私だけ都会に戻るから。そのつもりでいてよ」

こうして、思わぬ形で桐原夫妻の新生活が幕を開けました。