郊外の豪邸で理想的な老後を過ごしていた元木さん(仮名)。現役時代の最高年収は1,400万円で、年金も月に30万円あり、一見暮らしには申し分ありません。しかし、立て続けに起きた「2つの出来事」をきっかけに、思わぬ「老後破産危機」に陥ってしまいました……元木さんにいったいなにがあったのでしょうか。ファイナンシャルプランナーの辻本剛士氏が事例をもとに、老後生活で起こり得るリスクについて解説します。
年金月30万円だぞ…現役時代は年収1,400万円の70歳・元上場企業サラリーマン“自慢のバルコニー”で呆然。名古屋郊外での“豪邸暮らし”が一転「老後破産」危機のワケ【CFPの助言】
元木家のその後
詐欺被害からしばらく経ったある日、息子の賢人さんが再び実家を訪れました。自分のせいで父の資産が減ったことに責任を感じていた賢人さんは、「信頼できるファイナンシャルプランナーがいるから、一度話を聞いてみてほしい」とFPを紹介してくれたのです。
息子と妻とともに事務所を訪ねると、穏やかな口調のFPは、現実的なアドバイスをくれました。
「退職金や年金があっても、支出を管理しなければ老後破産に陥ることもあります。老後に必要なのは『増やす力』よりも、『減らさない力』です」
FPはまず、自宅にかかる年間の固定資産税や光熱費、修繕費などを可視化し、住み替え(売却)による維持費削減と資産の再構築を提案。売却益を老後資金に充てることで、暮らしを立て直せると説明しました。
「いや、申し訳ないが、あの豪邸は俺の人生そのもの。手放すなんて絶対にできない!」
感情的に否定する寛さんに、隣で黙って聞いていた妻・明子さんは静かに声を上げました。
「……あなた、いい加減にしてください。いつまでそんな幼稚なことを言ってるの? この問題はあなただけじゃなく、私の生活にも関わってくるのよ」
まっすぐに夫を見つめながら、明子さんは続けました。
「これ以上自分勝手なことを言うようなら、離婚を考えます」
その言葉に、元木さんは黙り込みました。豪快な性格の夫も、長年寄り添い支えてくれた妻には頭が上がりません。ましてや、明子さんの手料理は寛さんのなによりの楽しみです。
「家よりも、妻を失うほうが嫌だ……」
やがて、観念したように息を吐き、寛さんは言いました。
「……わかった。売ろう」
豪邸から2LDKに住み替え…70代での「再出発」
その後、元木さんは無事に住み替えを果たしました。購入したのは、市内にある交通の便がいい2LDKのマンションです。高齢になっても暮らしやすい環境を第一に選び、万が一のことを考え息子の住まいにも近い場所にあります。購入方法は現金で、一括購入しました。
以前の家を売却したことで得られた売却益と相殺すると、手元には1,500万円が残り、資産は3,000万円に回復。豪邸時代に比べて住宅維持費が大幅に軽減されたことで、毎月の赤字も解消され、家計は大きく安定しました。
現在は、この静かな2LDKの部屋で2人、穏やかな日々を送っています。
「うまい話には乗らず、見栄も張らず、これからは粛々と生きていこう」
そして、寛さんは今日も、妻の作る夕飯を心待ちにしているのでした。
辻本 剛士
神戸・辻本FP合同会社
代表