長年にわたって働き続けてきたことのご褒美ともいえる退職金。ですが、使い方を間違えると、老後の生活に大きな影響を及ぼします。実際に、退職金を「溶かしてしまった」男性の事例を通して、退職金の管理のポイントを行政書士の露木幸彦氏が解説します。

子育ても失敗しました…退職金「1,000万円」を受け取ったものの、300万円を「溶かしてしまった」67歳男性が悔やんでも悔やみきれないワケ【行政書士の助言】
個人間の借金には時効がある
筆者が気になったのは時効です。借金は個人間なので延滞から5年で時効を迎えます(民法166条)。今回の場合、100万円を貸したのは2018年。一度も返済していないので時効に達するのは2023年。残り1年しかありません。
一真さんが「どうしたら」と焦るので、筆者は「1,000円でもいいので毎月、返済してもらってください」と提案しました。
法律上、返済は金額の大小にかかわらず、債務承認と同じ効力があるので、時効は振り出しに戻ります(同法152条。時効の更新)。つまり、毎月の返済により、時効による権利消滅をずっと先送りできます。
そこで一真さんは「毎月1,000円でいいんだ。少しずつでも返していこうよ」と提案したのですが、娘さんは「厳しいから無理」と断固拒否。何度、同じことを伝えても「無理なものは無理」と返すばかり。
最終的には一真さんが心を鬼にし、「お父さんだって大事な退職金なんだ。このままじゃ、出るところに出ないといけない」と追及すると娘さんは「1,000円払えばいいでしょ!」と投げやりな感じで承諾したのです。
そして2023年5月、政府はコロナが5類感染症への移行を発表し、感染対策は大幅に縮小。インバウンドが復活し、日本を訪問する外国人の数はコロナ前(2019年)の8割まで回復したのです(観光庁の「訪日外国人の消費動向」より)。
一真さんが「忙しくしているじゃないか」と話しかけると、娘さんは「分かっているわよ!」と言い、2万円を渡してくれたのです。
しかし、一真さんはすでに齢67。毎月2万円の返済では完済するのに12年以上もかかります。一真さんは「その頃には死んでいますよ」と自嘲気味に言います。2人の間の決め事は相変わらず、あるとき払い。余裕があるときに返済すればいい甘々な約束を許したのです。
金銭感覚を狂わせる退職金
一真さんは「退職金がなければ、貯金から300万円も貸したりしなかった。大金が手入って気が大きくなってしまった」と後悔の念を口にします。さらには「娘のキャリアアップのためになればまだお金を貸した意味があったとも思えますが、いい歳して何をしているんだか……子育てを間違えました」とうなだれました。
こつこつ増やしてきた貯金と違い、一括で受け取る退職金は、その人の金銭感覚を狂わせます。突然、気が大きくなって、思いもよらぬ使い方をする傾向があります。
退職金は大事な老後の資金です。大半の人は無駄使いできるほど余裕はありません。本当に使っても良いかどうかを前もって十二分に検討することをお勧めします。
露木 幸彦
露木行政書士事務所
行政書士・ファイナンシャルプランナー