身近にゴロゴロ?貴族の格を持つ人々

私が住む村には、オリーブオイルの搾油所があります。庭に1本だけある木から5キロほどの実が採れるようになり、隣人に相談すると「マルケジーナが自分とこのオリーブに混ぜて搾油して、重量比でオイルを分けてくれるよ」と教えてくれました。このマルケジーナは名前かと思いきや、マルケーゼ=侯爵の称号を持っていた家系の女性の愛称でした。

こ、侯爵? かつて貴族という階級があったのは知っていましたが、自分とは遠い世界の話かと思いきや、こんなに身近に存在するなんて! マルケジーナはグレーのおかっぱヘアに、毛玉のついたセーターとムートンを着た、いかにも農家のおばあちゃんでした。勝手に高貴な妄想をしていた私は拍子抜け。しかし、彼女の自宅は村の中心広場にある大きなお屋敷。そして、高齢なのに鋭さと温かさを持つまなざしで仕事に励む様子に、そこはかとない風格を感じたのです。

次に会った元貴族はバロネッサ=女爵。トスカーナの建築関連の連載記事の取材に行った、歴史的建造物をリノベーションしたモダンなホテルのオーナーです。日本の華族同様、イタリアの貴族制度も戦後に廃止されているものの、所有不動産を活用してホテルやワイナリーを経営しているために、裕福な貴族のイメージにかなり近い彼女。それでも私を温かくもてなし、気さくに話を聞かせてくれました。

そして元貴族は、友達のなかにも存在しました。モデナで伝統的バルサミコ酢の醸造を行う、日本人としては唯一のバルサミコ酢A級鑑定士です。初めてのモデナ郊外のお宅を訪問すると、立派なお屋敷には家紋まで。もしかして元貴族? それもそのはず、かつてモデナでのバルサミコ酢の醸造というのは、貴族の趣味だったのですから!

コンテ=伯爵の称号を持っていた家の長男に嫁ぎ、バルサミコ酢作りをご主人と継承することを決めた彼女。お屋敷も大きいし、そんなストーリーを聞くだけでまた勝手な妄想をしてしまうのですが、お抱えの使用人がいた昔とは訳が違います。作業着でブドウ絞りをする姿、輸出するために自家用車で輸送会社倉庫まで奔走する姿、理不尽で難解な制度や事務作業に嘆く姿。そこに華やかな「貴族」の面影はありません。

近年、旅の仕事で知り合ったアンナマリアもその一人。家族代々の邸宅を宿泊施設にし、宿泊客に邸宅ツアーを行っています。貴族だったの?と私が尋ねると、

「それはね、口で言うことではなくて、ふるまいに表れるものなのよ」

貴族の格があろうがなかろうが、一人の人間として素敵な人たちばかりです。